長崎県東彼杵町(ひがしそのぎちょう)の小高い山の上にある「あけみ荘」。この宿は母の篠田明美さんと、息子の鉄太さん親子が営む。あけみ荘から広がる景色は、穏やかな大村湾と、何台もの車が行き交う高速道路が広がりどこか現代的で、どこか穏やかな自然を感じることができる心地よい空間だ。初めて訪れた場所なのに、なんだか「ほっと落ち着く」そんな印象を持った。

オーストラリアからの帰郷と、古民家との出会い
きっかけは、息子の鉄太さんが約5年間暮らしたオーストラリアから帰国したことから始まる。オーストラリアでは服作りをしていたそう。鉄太さんは日本で自分の拠点を持ちたいと考えていた。
鉄太:やっぱり日本へ戻り、集中して服作りができる場所を持ちたいと思ったことがきっかけです。そこから家を探して見つかった場所が今の場所です。そして約5年前の2020年に佐世保市からの移住を決め、「TeT creative studio(テットクリエイティブスタジオ)」と名付けスタートしました。ちょうどそのタイミングで親友のナガレも海外から戻り、縁を感じて、「一緒にやろう」となったのが始まりです。ナガレも一緒に物作りをしたりしながら、ご近所の方や、地域の方とコミュニケーションを取りながら過ごしてきました。

あけみ荘の始まりは、実は、息子である鉄太さんの拠点作りから始まった。この頃は、民泊をやる予定も構想もなかったのだ。そこからどのようにTeT creative studioは進化していったのだろうか?
鉄太:最初ネットでこの建物をみてました。写真で見ても分かるくらい広いスペースで、なんだここは?!っと凄く興味が湧きました。広いスペースだったので、もしここに住むと決めても宝の持ち腐れになるかもとは思ったんですけど、、、、
明美:とにかくやってみよう!!!って言いましたね(笑)夜中にネットで家を探してて見つけた物件だったんですけど、次の日がちょうど私の仕事が休みで、すぐ内見に行こうと息子を誘って、即動いて、「ここいいんじゃない?!」ってなりました。
鉄太:結構決断力のある母ちゃんです(笑)でも実際に見てみると色々なことが出来そうだなって想像が膨らんだことが決めてです。その頃母は、まだ仕事があってすぐにはやめられないので、自分とナガレが先に移住してきました。
明美さんの移住

明美さんは、佐世保で暮らしながら仕事がお休みの日は東彼杵に訪れ、鉄太さん、ナガレさんとご飯を食べたり、鉄太さんの外国のお友達が訪れたり、知り合いが訪れたりするなかでビジョンがぼんやりとうまれて行ったそう。これこそがあけみ荘を始めるきっかけとなる。
明美:人との出会いや、地域の方も良い方ばかりだし、土いじりができたりする環境があるなかで、私のビジョンに合ってるなと感じ始めて、徐々に、徐々に「民泊なんてどうだろう?やってみたいな」と思いはじめました。決断力はある方だけど、想いをかためるのには時間がかかる方なんです。気持ちがかたまってから、仕事を辞めたり準備をして2024年4月に移住してきました。TeT creative studioのコンセプトでもある、「衣・食・住」を繋げる空間でありたいとの思いがある中で、今までやってきた仕事が、人とのつながりとか、食べることとかが常々大切だと思っていたので、その思いと合致して、今まで自分がやってきた業種とは全然関係はないけど、これまで積み重ねた経験が今につながってるって感じました。
鉄太:あけみ荘ができたことで「衣・食・住」で思い描いたことが徐々に形になってきている感覚です。

TeT creative studioとあけみ荘の相乗効果
実は、取材に行くもっと前からTeT creative studioの存在はSNSを通して拝見したことがあり、その世界観はこだわり抜かれ、お洋服が大好きな方なのだと勝手な印象を持っていた。取材をしてみると、背景はもっと深く「衣・食・住」のテーマがあった。想像をひっくり返された瞬間だった。

鉄太:服を作っていく中で、ライフスタイルを考えるようになり、何かしら自分が気持ちよく過ごせる生活習慣とか周りの環境とか、人との繋がりとか色んなことが関係し合って自分の表現に繋がるんだなと思っているなかで、それを創り上げていくには「衣・食・住」をうまく循環させていくやり方と、気持ちの良い生活、すごく綺麗な自然とか、周りのあたたかい人達、などを色々な人たちと共有できればいいなってこの家を借りる前はぼんやりとあった。実際に生活をしていく中ではっきりとビジョンとして見えてきた。あとは母ちゃんが覚悟決めてこっちに移住してきてくれたことによってより実現していった感じです
明美:鉄太の想いと、私の考える想いとタイミングよく合致して「やろう!!」と決心しました。
2024年4月、移住した年の10月にあけみ荘をオープンさせた。仕事をしながら、手続きをしながら、準備までそれは聞くだけでも大変だったと思うが、明美さんは、きついとは思わなかったと笑顔で話す。

明美:目標もあったし、やりたいことだったのできついとは思わなかった。あとは鉄太はもちろん、ナガレとか地域の方の支えがあったり「民泊よかね〜」っとすごく応援してもらえてると感じて頑張れました。あといくつになっても新しいことを覚えるのはすごく楽しいんですよ!
どんなお客様が訪れているのか?
明美:初めて来てくださったお客さんは、オーストラリアからのお客さんで、鉄太のお友達が、知り合いを連れてきてくれました。ここにきたら、暮らすように過ごしてほしいと思っていて、翌日のスケジュールも立てず、近所の方と一緒に植えた芋を使って焼き芋をやったりだとか、そんな感じでスタートしました。年末には、近所の実家へ帰省した家族が、宿泊されたこともあります。前日から朝ごはん食べますか?とかではなく、その時の体調や気分もあるだろうし、とにかく来た人が快適な時間を過ごせるように、どうしたらいいかを半年間やっていく中で試行錯誤しています。

鉄太:あと遠くから来た人も近所の人たちも含め、人とひとの繋がりが生まれる場所でありたい。場所とかの距離ではなく心とこころの距離が時間を通して打ちとけていけばいいなと。そんな場所を目指したいです。
細かいプランではなく、暮らしと共にが広がっていく感覚
あけみ荘は、明美さんの感性と鉄太さんの感性が、融合してつくりあげられているように感じた。

明美:鉄太は結構厳しいんですよ!ハウスガイドを作った時もこれではダメだとダメ出しされて何度かやり直しをしました。
鉄太:でも納得したものがいいじゃないですか!まずは自分たちが納得しないと、ものを作ると、それが現れてしまうので。
明美:息子でありながら、2人でひとつのものを創り上げていってるので、厳しいところは厳しく、、、お互い様ですかね(笑)まだ始まったばっかりなので、慌てず、ひとつひとつゆっくりと進んでいければいいかなと思っています。 とは言っても、私焦っちゃうんですよね〜。でもそんなとき鉄太がストップをかけてくれるんです。
誰も真似のできる空間づくりではない。親子だからこそ、互いに尊敬できているからこそで、言わば、あけみ荘自体が作品のようにも感じる空間だ。

過ごし方
明美:とにかくあけみ荘では「ぼ〜〜」っと過ごしてほしい想いもあって、毎週火曜日は、ひたすら好きなようにただ縫い合わせるってのをやっていたりします。このお裁縫もとにかく来てただぼ〜〜っと過ごすための理由づけにやってるのかもしれないです(笑)

民泊のイメージが泊まりに来てみんなとワイワイ過ごすイメージの方も中にはいるのではないだろうか。あけみ荘は、「中には人と話すことが億劫な人もいるのでそんな方は、どうぞお部屋にこもってゆっくり過ごしてください」との思いをあえてハウスガイドにも書いていると話す。
明美:一番過ごし方として思うことは行き詰まった時に、フラッと立ち寄ってもらえる場所であったり、特別なことはせずただ「ぼ〜〜」と過ごす場所にしてほしいと思います。

取材が終わったあと、あけみ荘を見学させてもらった。至るところに古民家ならでわのかっこよさや、昔ながらの建具など見ていても飽きない風景が広がる。あと、なんといっても大広間の縁側から広がる景色が、なんとも贅沢で、広く、遠くまで続く大村湾とその手前には高速道路が一望できる。取材の中でもよく出てきてたキーワードだが、まさに「ぼ〜っとする時間」にふさわしい空間だ。日々慌ただしく過ぎていく時間の中で、何もしない時間がどれだけ貴重かと改めてはっとさせられた。お客さんによっては朝から大広間でヨガをする方もいたり、ある外国人観光客の方は、出かけたはいいものの、あけみ荘へ帰りゆっくり過ごしたいと言った方もいたそう。なかにはのんびり何も考えずただ「ぼ〜〜」っとする事に罪悪感を抱く方もいるのではないだろうか。慌ただしい今世で「ぼ〜〜」っとできることの幸せやそれが当たり前ではないこと、もしかしたら最も特別で贅沢な時間なのかもしれないと気付かされた。人の気持ちに寄り添い、いとなみの基本「衣・食・住」の循環がまさに感じられる空間だ。

明美さんは最後に人生の集大成とも言えると語った。これまでの経験が全て今につながってると感じると言う。
暮らしの一部、に旅人を受け入れ、そしてここにきてよかったと思える、そんな心のよりどころとなりえる場所だ。