いちご農家の妻、もうひとつの顔はライターです。【樋口英里さん】

ライター・樋口英里さんが「ひがしそのぎライフ」と出会ったわけ

東彼杵のいちご農家のもとへ嫁いだ樋口英里さん。実は、もうひとつの顔は「ライター」なんです。 「くじらの髭」で執筆してきた数々の記事は、どれも取材対象者への尊敬と読者への優しさでいっぱい。そんな魅力的な記事を書く英里さんですが、実は福岡県八女市の出身。いったいどんなきっかけで「ひがしそのぎライフ」に出会ったのでしょうか。東彼杵での生活を愉しむ英里さんに、まずは生い立ちから伺いました。

故郷は、福岡の「お茶のまち」

英里さんは、1988年生まれ。「八女茶」でおなじみ、福岡県八女市出身。4人兄弟の長女として生まれました。

祖母はとてもバイタリティにあふれた女性で、清掃会社の創業者。両親はその会社で働いていました。

英里さんはときどき会社にも顔を出し、従業員をはじめ多くの大人たちに囲まれながら幼少期を過ごしたといいます。

宇宙、恐竜、鳥・・「図鑑」から知的好奇心をくすぐられていた幼少期

「小さい頃はとても“暴君”で、いま思えば妹たちには申し訳ないような姉でした。」と笑う英里さん。外で活発に遊ぶだけでなく、家で静かに図鑑を見ることも好きだったそう。

樋口英里さん(以下:英里)「特に好きだったのが宇宙の図鑑でしたね。」

くじらの髭・森(以下省略)ははは、「きょうりゅうと宇宙」ですね。

英里「そう!まさに、どストライクなお店です。いつも行くたびにテンションが上がってます。あれもある、これもある!みたいな。」

英里「小学生の頃でしょうか。本屋で厚さ4.5cmぐらいあるすごくでっかい宇宙の図鑑を見つけて、母におねだりして買ってもらったんです。知らないことだらけでしたが、ひたすら読み込んで宇宙がもっと好きになりました。」

少女が両手でやっと持てるほどの大きな図鑑にぎっしりと詰まった文字や絵、写真は英里さんの好奇心を大いにくすぐりました。興味のあることを文字にして人に伝えるライター業に惹かれたのは、このような背景があったからかもしれません。

小学校に進学してからも、英里さんの好奇心は止まるところを知りませんでした。もっぱら図書室はお気に入りの場所で、周りの子たちが絵本に親しむなか、彼女は週に1~2冊は図鑑を借りていたそう。未知のワクワクへ誘ってくれる本の世界にすっかり夢中になり、読書は英里さんのライフワークのひとつになっていました。

英里「そういえば、鳥も好きでした。なかでも孔雀は、宇宙的な色合いが素敵で。神秘的な、ロマンがあるものに惹かれるんです。」

両親は、よく「久留米鳥類センター」や「福岡県青少年科学館」へ家族を連れて行きました。 歴史の本や大きい百科事典などをプレゼントし、さまざまな形で“知る”きっかけを与えてくれたそうです。

中高一貫校、そして学芸員への夢

読書好きが高じて文系の道を突き進んでいた英里さんは、中高一貫の学校へ進学。先生に心配されるほど数学が苦手だったものの、どうにか他教科でカバーしつつ勉強に励みました。部活は吹奏楽部に所属し、クラリネットとパーカッションを担当。しかし約一年ほどして帰宅部へ。その後は友人たちと自由気ままに楽しい時間を過ごしました。

高校では茶道部に入部し、立派に部長を務めあげます。八女のお寺(「うなぎの寝床」さんの近くでした!)で年に1回お茶会を開き、お客さんにお点前を披露したりと、学外での活動も多かったそうです。

お茶のまち・八女市の高校の茶道部部長ってすごいですね。お茶は結構好きなんですか。

英里「そうですね。コーヒーも好きです。それにしてもやっぱり、そのぎ茶って美味しいですよね・・。」

そんな高校生活を送っていた2005年、英里さんの好奇心をさらに刺激する出来事が。「九州国立博物館」が開館したのです。

足を運んだとき、あまりのすごさに圧倒されました。そこで、学芸員の道を目指すことにした英里さん。資格を取れる大学に見事推薦で合格し、八女市の実家から片道約1時間半かけて通学しました。

「なかなかハードな4年間でした。」と苦笑してしまうほどの大学生活。なかでも思い入れがあるのは、サークル「フォークソング愛好会」での活動だそうです。

バンドボーカルに挑戦した大学生活、ビシバシ鍛えられた社会人生活

英里さんが所属していた「フォークソング愛好会」は、意外にもバンド活動がメインのサークルでした。楽器をやらない主義の英里さんは迷わずボーカルを選んだそう。

おぉ、なるほどとつい納得してしまいました。なぜなら、英里さんの声はとてもまっすぐ通っているから。 「くじらの髭」で執筆している記事の文章と同じように、とても誠実でまっすぐで綺麗なんです。

英里「中学生のとき文化祭で、(中高一貫校だったので)高校の先輩がステージでバンドやってるのを見て、『かっこいいな、いつか私もやってみたいな』と思っていたんです。」

天神のボイストレーニング学校に通い、知識を習得し経験を重ねた英里さん。年に6回の学内ライブでは、企画運営すべてをメンバーとともに行いました。実家から通い、授業と並行しながらの活動は大変でしたが、メンバーの温かい協力もあり乗り越えることができました。打ち解け合い、苦楽をともにした彼らとは、現在かれこれ10年ほどの付き合いになるのだそう。

大学卒業後は、たまたま求人のチラシを目にしたアパレル雑貨店に飛び込み入社し、社会人のいろはを徹底的に叩き込まれました。目の回るような忙しさのなかで、ときには精神的に追い詰められることも。しかし、学ぶことが多く貴重な体験だったと英里さんは話します。

その後は、知り合いの紹介でイベント会社へ。展覧会、ステージ発表、コンサート・・さまざまなクリエイトの現場に関わることで、やりたかったことの原点を実感できたそうです。

ひがしそのぎライフのきっかけは、一枚の婚活チラシ

運命ですね。

と、思わず口にしてしまうほどの、英里さんと東彼杵との出会い。

彼女の運命を大きく変えたのは、博多駅のバスセンター近くで手にした一枚の婚活チラシ。ふだんは地下鉄を利用していたものの、この日はたまたまバスに乗ったため巡り合ったのでした。

英里「東彼杵町、 読み方が難しいじゃないですか。そういう理由で知ってはいたんですけど、ゆかりは全くなくて。縁がなかったからこそ飛び込めたんだと思います。」

チャレンジャーですよね。

英里「婚活も未経験だったから、一回は行っとくかみたいな。 自分の知らない土地にお友達が出来ればいいな、 あわよくば旦那様ができればいいな、と。そんな気持ちで来ました。」

実は、くじらの髭・森と英里さんとの出会いも婚活会場だったのです(スタッフとしてですよ!)。さまざまな偶然が重なりいま一緒にお仕事させていただいてることに改めてオドロキを感じます。

さて、話は戻って、お茶の町・八女からお茶の町・東彼杵へ2016年にやってきた英里さんは、いちご農家の旦那さまのハートを射止め2年後に結婚。晴れて東彼杵の住人となりました。

東彼杵の印象を尋ねると、

英里「緑が多くて川が流れているところが、故郷の八女と似ているなぁと親近感が湧きました。」

と、にっこり。

経験を活かし、ライティングをスタート

故郷・八女から東彼杵へ引越ししたばかりの頃。就職活動で、女性が経験する理不尽な壁に突き当たります。

英里「結婚をしましたと言うと『これから子供を産んで辞められると困るからごめん』と断られたケースが多くて。 外で働くのは難しいかもって思ったんですよ。 」

ようやく見つけた派遣先。その職場の同僚から、在宅でもできるライターの人材サイトを教えてもらいさっそく登録してみることに。

そして月日は流れ、結婚してから半年が経ちました。サイトを眺めていた英里さんは、たまたま「音楽関連の記事執筆」の募集を目にしました。「これは、大学での経験が活かせる!」と、すぐさま応募し案件をゲットしました。本好きだけど書くのは苦手…だったけれど、クライアントから文章を書くコツを学びながら地道にライティングの基礎を積み上げていったそう。

“表現する”ということに憧れがあった英里さんにとって、ライティングは新たなチャレンジ。「いまは、かつて働いたアパレルよりも、イベントよりも、書くことが一番楽しい」と目を輝かせます。

ちなみに、くじらの髭で英里さんが執筆をすることになったきっかけは、「CHANOKO」の人材募集のときでした。森(くじらの髭)が、「八女からきました」みたいな文面を見たときピンときて、つい、いちご農家の樋口さんに確認しちゃいましたもの。

「有難いことに、婚活からここまでトントン拍子で。ビギナーズラックですよね。」と話す英里さん。きっと自身で引き寄せている部分があるんでしょうね。

そういえば、こないだ英里さんが記事を書いた方。めちゃめちゃ喜んでらっしゃいましたよ。

と告げると、「よかったです!大丈夫かなと心配だったもので…!」と満面の笑み。

取材相手から「ありがとう」と言われることは、ライター冥利に尽きると言っても過言ではありません。精一杯彼らと向き合って、もがきながら書いたものなら尚更ですね。

「どんとこい!」と受け止めてくれる東彼杵 

ところで、英里さんが東彼杵に来てから5年ほど経ちますね。

英里「そうですね。お友達もできて、お仕事もいただけて、充実しています。実家から遠く離れて暮らすのが初めてなのが良い方向に働いているのかも。」

いちご農家のほうはどうですか。

英里「ときどきお手伝いには行くんですけど、ライティングがほとんどです。この仕事ができているのも、夫がサポートをしてくれているからであって。家族の理解があってこそだと思うので感謝してばかりです。」

いちご農家に嫁いでライターやってますって話はなかなかインパクトがありますよね。 そういう暮らし方があって面白いと思うんですけど。

英里「本当に感謝しています。私を受け入れていくださった家族をはじめ、東彼杵の町自体にも。私なんて、長年やっているプロではないですけど、こんな私を『どんとこい!』と受け入れてくれる土壌が東彼杵にはあります。」

いろんな形を受け入れてくれる。

英里「そうですね。婚活で初めて訪れた時から感じていることですが、身内の深い付き合いも大切にしつつ、外にもちゃんと目を向けて受け入れてくれる。私は東彼杵の、そういうところに惹かれて移住してきたんじゃないかなと思うんです。」

今後、東彼杵にまた新たな観光拠点が誕生します。そこではコワーキングスペースを主とした、英里さんのような人々が繋がって活動の幅を広げ、さらに地域を盛り上げる仕掛けを施していく予定です。この内容は、「くじらの髭」の記事などを通して随時お伝えしていく予定なのでどうぞお楽しみに!

英里「女性というだけで、あまり望まない仕事に就くことが多いかと思うんですけど、この場所をきっかけに自分の能力を活かした仕事を得るチャンスが増えるのは嬉しいですね。」

住んでいる人々、特に、女性が活躍している町はこれから絶対面白くなります。

英里「バリバリ叶えたいですね。ライティングをはじめ、これからもいろんなクリエイトの面に関わっていければ嬉しいです。」

英里さん、「くじらの髭」とともに、東彼杵の魅力をどんどんクリエイトしていきましょう。今後ともどうぞよろしくお願いします。

写真:小玉大介
執筆:山本千尋
取材:森 一峻


 


樋口英里

樋口英里

福岡県八女市出身。宇宙・音楽・アート・犬が大好き。東彼杵町での婚活イベントで夫と出会い、2018年に移住。主婦業をやりながらwebライターとして「ひがしそのぎの情報サイト くじらの髭」にて記事を執筆中。

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