描くこと、暮らすことへの思索と向き合うインタビュー本「そぞろに描く アジサカコウジ インタビュー」販売中

文・写真

長崎県を拠点に活動しているライター・インタビュアーの藤本明宏と申します。この度、佐世保出身で福岡在住の画家・イラストレーターであるアジサカコウジさんへのロングインタビューをまとめた本を出版し、販売いただけることになりました。タイトルは「そぞろに描く」。絵を描くこと、生きること、その両方が密接に繋がったアジサカさんの思索に浸る内容です。長崎、熊本、福岡、そしてパリやブリュッセルでの歩みを振り返りつつ、ときに話は脱線を繰り返し、過去と現在を行き来します。そんな即興演奏のようなインタビューのライブ感が溢れる一冊となりました。

考えないこと、無心になること

ーもともと、絵描きで食べていけるとか、全然思わんやったと。昔から絵を描くのは好いとったし、美大とか通いたかったけどさ、うちの家族や親戚は学校関係者が多くて、美大の美の字も口に出せんような環境やった。

こんな語りで始まる本書は、アジサカさんの語りを、なるべくそのまま文章化してまとめています。方言や口調はそのままに、途中で言い淀んだり、言葉が浮かばなかったり、そうしたインタビューのリアルなやり取りを伝えられるよう心がけています。そのため、聞き手である筆者の質問や相槌は、全て省略しています。読み進めながら、生の語りにどっぷり浸かることで、まるでアジサカさんが目の前に座って語りかけてくれるような感覚になってきます。

アジサカさんは絵を描く上で、頭で考えないこと、無心になることを大切にしています。それがタイトル“そぞろに描く”の由来です。まるで禅のようですが、アジサカさんは一見難しいテーマを軽妙に語ります。

ーあのさ、熱いヤカンがあるとするやん。触ったら反射的に手を引っ込めるよね。「このヤカンは熱い、火傷するから指を離そう」とか考えて行動はせんもんね。絵を描くのもそんな感じで、最初に浮かんだことをサッと描いていくと。「この部分は、どう考えても赤く塗ったらおかしくなる」って脳みそが判断しても、最初に赤が浮かんだら、迷わずそれに従って赤で塗る。直観を信じる。

とはいえ、それを実践するのはなかなか難しいものです。何十年も絵を描き続けているアジサカさんでさえ、つい頭で考えてしまうこともしばしば。この本では、今も悪戦苦闘している“実践者”としてのアジサカさんの、ありのままの思索に触れることができます。


アジサカさんの過去の作品を掲載したカラーページもあり
脱線するインタビュー

書籍化に向けたインタビューは合計6回、約12時間以上に及びました。毎回大まかなテーマだけ決めた上で、なるべく自由に対話を進めていきます。話はあちこちに脱線し、もとの線路を見失ってしまうことも珍しくありません。そんな“余白”のある対話のやり取りの面白さも、丸ごと感じてもらえるような構成となっています。
アジサカさんの興味関心は多岐に渡り、画家や哲学者、映画、書籍、漫画など、いろんなものに触れてきた経験が、飾らない言葉として溢れます。

ーたくさん読んだ中でもさ、梶原一騎の存在はめちゃ大きかった。「あしたのジョー」なんかの原作者なんやけどさ。“一生懸命技を磨いて、その上達だけに幸せを感じる”みたいなのに強く惹かれるのは、まるっきり彼からの影響やと思う。

簡単ではない“そぞろに描く”こと。しかし簡単ではないからこそ、その苦労を、汗を描くことを、心から楽しんで素直に受け入れているアジサカさん。どこまでも自然体で、地に足のついた語りが印象的です。


初版本はポストカード3枚付き。人、車、花という、アジサカさんのアクリル画のモチーフを一度に楽しめる。
断片的な記憶

描くことに対する思索だけではなく、自身のこれまでの歩みについてもインタビューさせていただきました。長崎・熊本・福岡、そしてパリ、ブリュッセル。独学で絵を描き続けながら、様々な人との出会いと別れの流れに、アジサカさんは身を任せます。関わりが長く深い人もいれば、たった一場面だけ交わりまた別の道を歩む人も。それぞれに思い出深く、示唆に富み、アジサカさんに否が応でも影響を与えています。

ーいつかの昼休み、その李健昇(リー・ジェイスン)と近くのリュクサンブール公園で、一緒にサンドイッチ食べよったっちゃん。いろいろ話しよったら不意に「コウジは将来何するん?」って聞いてきたと。「え、ええと……分からん」って答えてさ。じゃあお前は?って聞き返したら真顔で、「おれは弁護士になって国のために働く」って言ったっちゃん。「ああ、大したもんだ」ってとても感心したのを、よく覚えとる。

こうした断片的な記憶の語りには、手で触れられるような質感とリアリティがあります。そして当時の情景や心情が伝わるとともに、読んでいる(話を聞く)私たちの何気ない出会いや出来事の記憶も呼び起こします。

カバーを外すとアジサカさんのイラスト画が登場。自由に描くアクリル画と、依頼を受けて描くイラストの両立についても語った

何度もインタビューを重ねるのは、描くこと・生活することに対するアジサカさんの思索の旅に同行するような気持ちでした。そこには分かりやすいハッピーエンドも、ありきたりな名言もありません。ただ、仕事でも、家事でも、趣味でも、何かを地道に続けている人にとって、新しい気付きや捉え方のヒントが得られるかもしれません。いずれにせよ、地に足のついたアジサカさんの言葉には、時代や流行に左右されない普遍性があると思います。

ーまあ、ともかくさ、右とか左とか白黒、善悪、そんな分別やら思想やらが始まる前の、「まずとにかく生きよう」って仕向けるようなモノが作れたらいいよなあ、ってそう思う。

◎藤本明宏(藤本編集局)
ライター・インタビュアー
1988年山口県出身。県立長崎シーボルト大学国際情報学部卒業後、タウン情報誌を発行する株式会社ながさきプレスに入社。編集部で勤務した後、ライターとして独立。様々な媒体の取材記事を手がけながら、インタビューをライフワークとしている。
HP:http://fujimotohenshu.com
Instagram:fujimon_go

◎アジサカコウジ
画家・イラストレーター
1964年長崎県出身。熊本大学文学部卒業後、渡仏。様々な仕事をしながら絵を独学。4年後帰国しイラスレーターに。10年後の2002年、ベルギーへと移住するとともにアクリル画での個展開始。以後、国内外で個展。現在は九州を拠点に制作に励む。
HP:https://azisaka.com
Instagram:azisakakoji