その一杯は、静かな波紋。東彼杵町の茶商 池田茶園から生まれる「in stand tea HAMON」

写真

写真

写真 / 文

急須がなくても、一杯のお茶の時間はつくれる。

長崎県東彼杵町の茶商がつくった、
新しいお茶のかたちです。

長崎県東彼杵町。大村湾に面したこの町は、日本有数の茶どころとして知られています。海から吹く穏やかな風。山の斜面に広がる茶畑。この土地で育つお茶が、そのぎ茶です。そのぎ茶の特徴は、玉緑茶(たまりょくちゃ)という製法にあります。日本の緑茶の多くは「煎茶」と呼ばれ、茶葉はまっすぐな針のような形に仕上げられます。それに対して玉緑茶は、仕上げの工程で揉み込まないため、茶葉が丸く、少し曲がった形になります。その形から、「ぐり茶」と呼ばれることもあります。味わいはやわらかく、甘みと香りがふんわりと広がる。そのぎ茶は、そんな玉緑茶の文化を受け継いできました。

海と山が育てる、そのぎ茶

この町で長くお茶を扱ってきた会社があります。有限会社 池田茶園。池田茶園は茶農家ではなく、仕入れた茶葉を火入れし、合組し、味を整えて世に届ける製茶問屋です。茶商は、お茶を「つくる」仕事ではありません。けれど、その年の産地の味を決める仕事でもあります。どのお茶を五感とともに仕入れ、どのように火入れし、どのように合組(ブレンド)するのか。その判断によって、店に並ぶお茶の味は変わります。表舞台に立つ仕事ではありませんが、産地のお茶を支える大切な役割でもあります。

産地の味を決める、茶商という仕事

池田茶園は、家族を中心に営まれています。そのはじまりは、初代・池田甚四郎さんの時代にさかのぼります。東彼杵町が茶産地として形をつくり始めた頃、この地でお茶を扱い始めたのが甚四郎さんでした。茶農家が育てた茶葉を見極め、火入れを施し、味を整えて届ける。そんな茶商の仕事は、二代目池田昭さん、三代目池田隆さんへと受け継がれ、現在は四代目の池田亮さんへとつながっています。長い年月のなかで、そのぎ茶の評価も高まり、池田茶園のお茶も日本茶アワードでの受賞やJapanese Tea Selection Parisという日本茶コンクールの金賞銀賞の受賞などを積み重ねてきました。

現在の池田茶園は、家族それぞれが役割を担っています。社長である父が販売を担い、工場では叔父が仕上げを担当します。母や姉、そして妻やスタッフの皆さんが梱包や経理を支え、義兄は営業として外へ出ていきます。それぞれが役割を持ちながら、一つのお茶を届けている会社です。

その中で、4代目の池田亮さんはお茶の仕入れを任されています。若い頃から父の仕入れに同行し、お茶の選び方を覚えてきました。父がどのお茶を選ぶのかを見て、その理由を自分なりに考える。家に戻ってそのお茶を淹れてみる。そして飲んでみる。そうして少しずつ、池田茶園の味を覚えていきました。仕入れは、その年のお茶を決める大切な仕事です。数百万円単位の茶葉を扱うこともあります。それでも父は、仕入れについて強く口を出すことはありませんでした。

「上手く仕入れたね。」

その一言が、
自信になったといいます。

日本茶を取り巻く環境の変化

ここ十数年で、日本茶を取り巻く環境は大きく変わりました。急須を使う家庭は減り、ペットボトルのお茶が日常になりました。一方で、世界では抹茶の人気が広がり、日本茶への関心そのものは高まっています。その変化は、産地の現場にも影響を与えています。抹茶原料の需要が高まったことで、良い茶葉は早い段階で取引が決まってしまうことも増えました。以前のように、茶商がゆっくりと茶葉を見極めて仕入れることが、少しずつ難しくなってきています。お茶の世界は広がっているようで、リーフ茶の流通は静かに変わり始めています。茶商として仕入れを行う池田茶園も、その変化を感じていました。「急須がなくても、お茶を飲める形が必要だと思ったんです。」そこで考えたのが、粉末のお茶でした。

「IN STAND TEA」という発想

お湯や水に溶かすだけで飲めるお茶。それだけ聞くと、インスタントティーを想像するかもしれません。けれど池田茶園では、このお茶をインスタントとは呼びません。IN STAND TEA。インスタントではなく、インスタンド。急いで飲むためのお茶ではなく、その場にお茶の時間が立ち上がる。そんな意味を込めた言葉です。忙しい日常のなかでも、一杯のお茶を飲む時間がある。それだけで、少し気持ちが整うことがあります。その時間を、もっと気軽につくれるお茶。

それが IN STAND TEA「HAMON」です。

玉緑茶から生まれる粉末のお茶

HAMONの原料は、そのぎ茶の玉緑茶です。製茶の仕上げ工程では、粉や茎などの素材が生まれます。「出物」と呼ばれるものです。副産物のように思われることもありますが、もともとは上級茶葉から生まれたものです。池田茶園では、その粉茶を丁寧に選び、さらに細かく粉末化しています。抹茶と同じくらいの細かさで、お湯にも水にもよく溶けます。玉緑茶らしい、やわらかな甘み。透明感のある味わい。抹茶とはまた少し違う、そのぎ茶の個性が残っています。

茶農家の声にできる限り応えること


そしてもう一つ、池田茶園が大切にしていることがあります。それは、茶農家の声にできる限り応えることです。茶農家からは、ときどきこんな相談が持ち込まれるそうです。「こういう素材でティーバッグを作りたい」「環境に配慮した形で商品にしたい」そんなとき、池田茶園はできる限り応えてきました。ナイロンだけではなく、ソイロン、不織布も、各種サイズ、タグ付きタグ無しすべて要望に応えれる様に準備しています。

その中の一つが、ソイロン(Soilon)というティーバッグ素材です。茶農家のこだわりや商品コンセプトに合わせて使用されています。ソイロンは、トウモロコシのデンプンを原料としたポリ乳酸(PLA)からつくられる植物由来のメッシュ素材です。土の中では微生物によって分解され、水と二酸化炭素へと還る、生分解性の素材でもあります。つまり、100%土へと還るティーバッグ。環境への負荷を減らしたいという思いに応えることができる素材です。ただし、この素材は扱いが簡単ではありません。コストもかかり、加工工程も通常のティーバッグとは異なります。この日も、機械のセッティングに少し苦戦している様子でした。そのため、他の茶商や加工業者では「難しい」と断られてしまうことも少なくないそうです。それでも池田茶園では、茶農家の「こうしたい」という声にできる限り応えようと、試行錯誤を重ねながら加工を続けています。

産地をつなぐ「結」の茶商

「助かったよ。」

「とりあえず池田茶園に持っていけば、なんとかしてくれると思って。」

そんな言葉を、茶農家からかけられることもあるそうです。茶農家の思いを受け取り、できる形を一緒に探していく。お茶の産地は、それぞれが独立した仕事をしているようで、実は多くの人の力で成り立っています。畑を守る人がいて、加工する人がいて、届ける人がいる。そのあいだを結びながら、産地を支えていく役割もまた、茶商の仕事なのかもしれません。池田茶園は、そうした「結(ゆい)」の心を持つ茶商とも言えるのかもしれません。

波紋という名前

池田さんは言います。「お茶を通して、人と人がつながってほしい。」お茶をもらった人が、また誰かに渡す。そこからまた、新しい人が知る。そんな広がり方を思い浮かべて、このお茶に名前をつけました。

HAMON。

水面に落ちた一滴が、静かに広がっていく波紋。その広がり方は、どこかお茶の流れにも似ています。茶畑で育てる人がいて、それを仕上げる人がいて、届ける人がいて、飲む人がいる。東彼杵町のお茶は、そうやって人から人へと受け継がれてきました。お茶は、一人では続きません。茶農家がいて、茶商がいて、お店があって、飲む人がいる。そのすべてがつながることで、産地は続いていきます。一杯のお茶から始まる、小さな広がり。それがまった誰かに届き、産地へと返ってくる。その循環が、静かな波紋のように続いていく。

そんな願いを込めて、
このお茶は HAMON と名付けられました。

その一杯から広がるもの

急須がなくてもいい。忙しい日でもいい。ただ、一杯のお茶を飲む時間がある。その時間が、誰かとの会話になることもあります。誰かに渡す小さな贈り物になることもあります。その一杯が、また誰かに届く。

静かな波紋のように。

その一杯は、静かな波紋。
A single cup, a silent ripple.

池田茶園
IN STAND TEA「HAMON」