美しい川棚町の自然に魅せられて。楽しいことを生み、分かち合い、未来へつなぐ『Kujaku Peace』

取材

公開取材映像配信 / 写真

川棚町のまちづくり事業団体「Kujaku Peace(くじゃくピース)」は、大崎半島の環境保全に加え、地域の人々と新しいまちづくり活動を行っている。

Kujaku Peace 公式サイトはこちら→ @kujakupeace

昨年6月からは川棚町の委託を受け、長崎県の推進事業『みんなで輝く! 観光まちづくり』を開始。大崎半島の豊かな自然や歴史、ひとの温かさを感じるお店や、ワークショップなどを通じた体験を発信するサイト『瑠璃の水辺』を立ち上げた。

瑠璃の水辺公式サイトはこちら→ https://luli-mizube.com/

そして、8月に行われた「ビーチクリーンだよ!大崎に全員集合」では、大村と東彼杵との3団体合同で、親子35人が集まり大崎半島の海岸を清掃した。その後はマリンアクティビティや磯あそびで海に慣れ親しんだという。

これまでにも、大人から子どもまで楽しめる映画祭の開催や農家さんの倉庫を活用したレンタルスペース「ハレノソラシタ」の開設運営、オフシーズンの大崎海水浴場の活用など、川棚町に新しい風を呼び込んできた。

オフシーズンの大崎海水浴場を活用したワークショップの様子。くじゃく園の紫陽花を摘み、海辺のテラスで花束をつくるというもの。写っているのは一般参加者の皆さんと、「ミドリブ」の下野さん。

このKujaku Peaceの代表を務めるのは前平泉さん。

10年前に神奈川県から川棚町に移住したという彼女は、どのようにしてこの団体を立ち上げたのか。

そして活動の中で見えてきた、これからの川棚町に期待する未来とは。

前平さんの川棚町愛とともにじっくりお伝えしていきたい。

(この記事は、2023/9/8に開催された公開取材をもとに編集しています。)

公開取材の様子はこちら。

前平さんの半生を振り返った前半の記事はこちら。

前平泉さんは大崎半島の美しい景色に惹かれて旦那さんと共に移住し、川棚町初の女性総代に就任。

地域住民や町役場などさまざまな人脈を広げつつ活動を続けていくなかで、自分たちと同じように川棚町の魅力に惹かれ移住した家族とも親交を深めていった。

世代を超えて、彼らと共にまちの未来を語る時間は、前平さんにとって刺激と感心の連続だった。

前平「まちの人たちと、特に私より若い女性の方と話してると、みんなそれぞれ才能があるんです。びっくりするんですよ。あぁこういう発言するんだ、こういうことがこの人出来るんだと思うと、それを何らかの形にしてまちの活性化にならないかなとかずっと考えてたら、川棚町でまちづくり団体の助成っていう事業があって、それに応募して申請が受かって…ということで、チームを作ることができました。今までは自治会長という小さな枠組みでしかやってなかったんですけど、それをちょっと広げて、このまちでいろんな才能がある方々ともっと輪を広げたら面白いんじゃないかなと思いました」

こうして誕生したのが、川棚町のまちづくり事業団体「Kujaku Peace」だ。


美しい海の景色に魅せられた私たちは、ここで縁あって出会いました。

“大好きなこの場所を、もっともっと楽しい事であふれさせたい!”

“楽しい事を、もっともっと沢山の人たちと分かち合いたい!”

そういう思いで Kujaku Peace を立ち上げました。

クジャクの町は Peace(平和)な町。

そんな町を子供たちの未来へつなぐ。

人と人とをつなぐ。

自由に。

楽しく。

大切に。

Kujaku Peaceらしいワクワクを、発信していきます。

「Kujaku Peace」公式サイトより引用


「大崎半島の自然を守り、まちづくりに繋げたい」という前平さんの想いは共感を呼び、メンバーやサポーターなど多くの人々が集まった。数々の実績を残し広がりを見せてきたことは先述した通りである。

そして、前平さん夫妻が川棚町に移り住んでから10年の月日が経った頃。彼女はふと立ち止まった。

前平「いろんな方と知り合いになって、めちゃくちゃ楽しくて、輪がどんどん広がってるんですよ。あと10年くらいは頑張れると思うんですけど、私なにしたいんだろうって、今、ふと思ってる時期なんですね」

川棚町で過ごした月日はあまりにも早く感じ、驚いた。

元気に体を動かすにも限りがある。人脈やタイミングなどによってさまざまな可能性が生まれたからこそ、これから何をするのかをしっかりと吟味し選択しなければならない時期だと、前平さんは基本に返った。

自分の心の内側に目を向けてみると、浮かんでくるのは20年前のあの日、旦那さんと一緒に眺めた大崎半島の風景。

「川棚町に住みたい!」と心が震えた、あの感動だ。

前平「あの感動が私のベースだから、決してそこからズレちゃいけないし、私が自信を持って皆さんに伝えられるのはそれだと。決して後悔していない、自分の人生の、この幸福感を。そういう意味で、基本に戻りたいです」

前平さんが、今後10年のまちづくりでイメージすること。それは、“それぞれの人がそれぞれに幸福を感じる”ことだ。

前平「抽象的なことですけど、川棚町の人がみんな『川棚って一番良いまちだよ』って自信を持って言えるような、決してよそのまちとは比べずに、自信をもって言えるようなまちになりたいと思います。その評価は決して誰かと同じじゃなくてもいいんです、自分が好きな趣味が出来てるから良いまちだとか、自分の子どもが元気で育ってるからいいまちだとか、理由はそれぞれ違っていいと思うんですよね。だけど、自信を持てるまちっていう感じにしたいと思います」

これからもまちに寄り添っていきたいと、前平さんは話す。

あくまでいち町民として、豊かな人生を送ることをまず第一に、人との関わりも大切にしていく。自分にない価値観にふれることは「すごく面白い」から。世代問わずフラットに接することが、彼女のモットーだ。

また、前平さんは今回のトークにおけるヒアリングで、大村のデザイナー・久米真弓さんの言葉を挙げていた。

前平「今後何しようとか、私がやってることは誰かのためになってるのかなとか色んな事を考えてた時があったんですけど。久米さんと出逢っていろいろ話したときに、彼女、あの、鉄オタなんで、かもめがめっちゃ好きでね。それがちょっといろいろ仕事になってると。『私かもめ好きすぎて仕事になっちゃった』って言ったあのキラキラした感じ見た時に、あ、これでいいのかもなと思いました。そうです。もうなんか人の役に立ってるのかなとか考えすぎるとだんだんわからなくなってしまった時に自分が好きなことをやっていいんじゃないかなって、ちょっと肩の荷が楽になりましたね」

しかも前平さんのお名前の「泉」っていうこのキーワードを書かれてたんですけど、やはり自分の泉というか、内側から沸き起こる楽しさとかそういったものをやっぱ大事にされてるのかなとお話聞いて思ったんですけど、どうですか?

前平「人の名前って、苗字は変わりますけど下の名前は一生変わらない。で、その名前を付けてくれた先祖の方の想いもあるし、“自分っていう名前の名称”じゃないですか。それをどういう作品にするか、っていうことのタイトルが、自分の名前なのかなと思っています」

自分という人間づくりを、今、この川棚町はできるんじゃないかということを多分考えられていると思うんです。けどやはりそのフィールドとしてはものすごくいいと感じられてるんですよね。

前平「はい、とっても良いです。日頃ご存知の方いると思うんですけど、私ゴミ拾いをしょっちゅうしてます。人によっては『ゴミがあったら役場に電話すればいいのに』って言う人もいるし、いろんなことで役場に言えばいいのにっていう言葉をよく聞くんですけど。それもいいんですけど、自分のまちじゃんって、よく思うんですね。だから『自分がこうなりたい、まちがこうなるといいな』と思うんだったら1回ワンアクションとってみて、ダメだったら相談するとか。自分たちの手でやるべきじゃないかな、とは思ってます」

毎日やるべきことが山積みな場合、どうされてるんですか。大変だなと思う時間もあると思うんですよ。

前平「リフレッシュするのはうちの山羊と猫と動物に接して(笑)。でもこんなことできるって幸せだと自分で思うんです。ここに来てやりたいことができるっていうのはもちろん苦労もあるんですけど、なんて幸せなんだろうというふうに思っています」

「なんて幸せなんだろう」の一言はまさに、前平さん夫妻にとってのかわたな暮らしそのものだ。それはきっと、これからもさまざまなシーンで感じながら、積み重ねられてゆくものだ。

くじゃくの羽のように、出会った人々との縁を輝かせながら。前平さんは、平和で愛にあふれたまちを未来へと繋いでゆく。

『前平泉さん』の「ひと」の記事は、こちらをご覧ください。