伴走が、事業を地域の営みに変える 東彼杵町・FFG ibank共創事業

文・写真

東彼杵町 伴走型支援活動報告

「発表して終わり」ではなく、「一緒に悩み、考え、進み続ける」。その思想を起点にした新しい支援のかたちが、東彼杵町で静かに動き始めました。本事業は、東彼杵町産業振興課と十八親和銀行(FFGグループ)のiBankマーケティングが連携して実施する「伴走型支援ビジネスプラン企画」です。従来のビジネスプランコンテストの枠組みを見直し、事業者の“成長そのもの”に寄り添う支援へと大きく舵を切った試みでもあります。本稿は、その初年度の取り組みと成果、そして見えてきた学びを整理する活動報告です。

イベントから「伴走」へ
制度転換に込められた意思

冒頭、東彼杵町産業振興課から語られたのは、本事業を立ち上げるに至った率直な課題認識でした。これまで3年間続いてきたビジネスプランコンテストは、挑戦する事業者の姿を町内外に可視化してきた一方で、

「単年度で完結してしまう」
●「実際の売上や事業成長との接続が弱い」
●「発表後の「その先」を支えきれていない」


という限界も明らかになっていました。そこで選ばれたのが、「広く集める」から「深く支える」への転換です。行政、金融機関、商工会、専門家が一つのチームとなり、事業者一人ひとりに時間をかけて関わる。成果を急がず、問いを共有し続ける支援モデルが構築されました。初年度の伴走先として選ばれたのは、この2名です。

茶畑の未来を、もう一度この土地に

東坂こくまる商店・東坂淳 さん

東彼杵町坂本郷。かつて「最高級のそのぎ茶」を生み出してきたこの地は、時代の変化とともに、静かに縮小してきました。ペットボトル茶の普及、茶価の低迷、そして大規模化・効率化を前提とした市場構造。急傾斜地が多く、大型機械が入りにくい坂本郷の茶畑は、皮肉にも丁寧さゆえに競争から取り残されていったのです。

「このままでは、坂本郷そのものが消えてしまう」今年42歳。現在この地で最年少の茶農家である東坂さんは、強い危機感から本事業に手を挙げました。東坂さんが描いたのは、単なる茶葉販売ではありません。すべてを「オール坂本」で完結させ、地域内で価値と経済が循環する拠点構想です。忙しい朝に、車から降りずに受け取る一杯のお茶。週末には、入れたての茶をかけたお茶漬けで身体を整える時間。「お茶を売りたいのではありません。「上質なお茶のまちだった記憶を、いまの暮らしに合う形で更新したいのです」この言葉が示していたのは、事業計画であると同時に、土地への意思表明でした。

くじら焼は、誰のものか

hinata食堂・斎藤節子 さん

もう一つの伴走先が、「hinata食堂」です。埼玉から東彼杵町へ移住し、地域おこし協力隊として3年間活動した斎藤さんは、2024年4月に自身の食堂を開業しました。提供するのは、1日1品の気まぐれランチや町で長く親しまれてきた「くじら焼」しかし、事業を続ける中で、斎藤さんはある壁に直面します。「くじら焼って何ですか?」と毎回説明が必要。鯨肉が入っているという誤解。旧ブランドの印象が強く、新たな立ち位置が見えにくい。問題は、味ではなく文脈でした。伴走支援の中で辿り着いた問いは、「どう売るか」ではなく、「このくじら焼は、誰から誰へ受け継がれてきたのか」というものでした。

ロゴを先につくるのではなく、物語を整理し、更新することから始める。黒一色だったロゴを、焼き色のある茶色にするだけで、人の印象は「鯨」から「焼き菓子」へと変わる。そんな小さな気づきを、対話の中で一つずつ積み重ねていきました。「急いで決めてはいけない気がしました」斎藤さんは、あえて完成を急がない選択をします。それもまた、伴走支援が生んだ判断でした。

答えを出さない支援が、事業を強くする

質疑応答では、事業者、行政、金融機関、それぞれの立場から率直な言葉が交わされました。その中で共有されていたのは、「伴走支援とは、答えを与えることではない」という認識です。

金融機関は、資金提供者である前に「考える伴走者」であること
●行政は、成果を急がせる存在ではなく“挑戦が孤立しない土台”であること
●事業者は、一人で背負わず、地域とともに育つ存在であること

この支援が目指しているのは、短期的な成功事例の創出ではありません。「挑戦が孤立しない町」をつくること。そのための最初の二人が、いま確かに歩み始めています。完成形は、まだ先にあります。しかし、はっきりと言えることがあります。伴走することで、事業は数字だけの計画ではなく、土地の記憶と未来を編み直す営みへと変わっていく。この取り組みは、その確かな兆しを示していました。