あなたは「好きではないこと」をやっているだろうか?
僕はほとんどやっていない。 自分はやっていると勘違いしていたとも言える。 日常生活でも好きではないことは後に回すが、仕事となるとさらにひどい。 入ったバイトの仕事内容が想像していたものと違いすぎて、嫌になり三日で辞めたこともある。
もとから仕事というものが嫌いなのもあるが、この世界に生まれ落ちてしまった以上働いてお金を稼いで生きていく必要がある。そろそろ就活について考えないといけないな……でも働きたくない……寝てゲームして遊んで暮らしたい……。
そんな考えが頭の中で高速反復横跳びしていた中、このゼミ活動の話が舞い込んできた。 実際に社会に出て働いている人に何でもかんでも聞くことができるこの機会を活かさない手はないだろう。
ということで、現在東彼杵ひとこともの公社でコミュニティマネージャー兼理事をしていらっしゃる山本麻美さんを訪ねて3.5里、Sorrisorisoに向かった。
ー よ、よろしくお願いします。
「はい、お願いします」
ー えっと~……。じゃ、じゃあ山本麻美さんのことは何て呼べばいいですかね? ヘヘへ……。
終わった。本気でそう思った。 緊張に負け、甘噛みしたうえ誤魔化しの照れ笑い。 なんて情けないのだろうと絶望したのも束の間。 「なんでもいいですよ、麻美さんでも」。そう優しく返してくれた。
早速社会人との余裕の差を見せつけられたが落ち込んではいられない、気を取りなおして動揺して落としたメモ帳を拾ってインタビューを始めた。
私が目にした、ひとと場所の変化
事前にいくつかの情報を調べてみた。 2019年に帰郷し、子供の頃夢にも思わなかった故郷の変化に感化され、2022年9月東彼杵ひとこともの公社へ入社とあり、どんな変化を目にしたのか気になっていた。
「小中学生のとき、通学路でずっと見ていたこの辺りの様子が帰省する度に少しずつ変わってて、今まで行政の場だったところが、みんなが集まるコミュニティだったり交流施設になっていました」
「私は森(東彼杵ひとこともの公社代表 森 一峻さん)と同級生なんですけど小さいころから知っていた子がそういう活動をしている思いがけない変化にも驚いたんです」
麻美さんが驚いた変化は単に地元の変化だけではなく、ともに育った同級生と彼らが起こしていく現在進行形の変化でもあった。
「森も言っていましたよね、この東彼杵を目的地として来てもらいたいと、元々ここは長崎と佐世保の通過点というだけの道って感じで、ここに用事があって来る人なんて住んでる人以外は考えられないわけですよ。それが本当に目的地になり始めている様子を見て応援したいと思って声をかけさせていただきました」
“頑張っている人を応援したい“。そんな想いが麻美さんを突き動かす力となっているようだった。
自由時間の中で気付いた自分の苦手観
他にも事前情報として知った麻美さんの職歴の多さに、自分が辞めてきたバイトの数を重ねて勝手に失礼なシンパシーを感じていた僕はそのことについても聞くことにした。
「CADオペレーターとして10数年造園会社で働いていて、本当に好きな仕事で毎日充実していたけど、拘束時間が長くて、休みが週一でした。楽しかったから続けられたけど一度やめてみようかなと思いました。
一回辞めちゃったらもう収入ないじゃないですか(笑)。そうしたら家賃が払えないから、実家に帰ろうかなって本当にノリだけで帰ってきました」
麻美さんは行き当たりばったりだったと笑いながら語ってくれた。そこからしばらくは貯金で日本各地に旅行して大人の夏休みを満喫していたようだ。次は別分野でCADを使った業務をしていたが3か月ほどで退職し、その後は長崎空港内の航空会社で派遣社員として勤務した。
「それぞれ結構すぐ辞めているけどどれも気づきがあったんですよね。社風があってないと好きなだけじゃやれない仕事もあるのだなとか、社員教育って難しいのだなとか、接客は好きじゃないなとか」
働く中で麻美さんが気づいた「好きではないこと」は接客業務だった。 だが、僕が目を通した麻美さんの経歴の中には旅館の仲居というものもあった。 どういういきさつがあったのか聞いてみることにした。
やってよかったこと 職場への感謝
「その旅館なんですけど、私は面接の時に『接客業好きじゃないんです』っていう話をして入社しました。旅館は大半が接客業務なんですけど、そこはやりたくないけどここで働いてみたいって感じで、我ながらすごいですよね(笑)」
僕が面接官だとしてもしばらく困惑するような発言だがその旅館は承諾してくれたとのこと。 そうして旅館の予約係として勤務し始めたが麻美さんだったがコロナウイルスの影響を受け会社の部署を異動することになり、接客の仕事である仲居を提案されたそうだ。
「仲居さんってやったことはないけど、何か違うものが見えてくるのかなって 。多分社長たちには何か考えがあって私はそれを買われたのかなって気持ちもあったから、一旦やってみますと答えました。
『ただ接客は好きじゃない人間ですよ』っていうのを話した上で、『でも、やってみたいとも思ったからやってみてもいいですか』って言って一年くらいやらせてもらいました」
好きではないものは誰しもあるが、そこで避けたり、嫌々やるだけではなく自分の中で折り合いをつけて自分にとって興味があったり楽しそうな部分を見つけて挑戦してみる。そんな精神を麻美さんの言葉からは感じ取れた。
「やってよかったと思ったから結果的にはよかったところがありました。作法やおもてなし、ホスピタリティをそこで学んだし、お客様の目線だけではわからない旅館の裏側を知ることもできた。今でもたまに温泉入って帰ってきたりもします。私のことを評価してくれて、仕事仲間にも恵まれていたんですけど、やっぱり求めている仕事ではなかったから辞める決断をした次第です」
麻美さんは“やってよかった”という思いを熱く語ってくれた。そこにはあえて得意ではない分野に飛び込んで得た自信と経験に裏打ちされた説得力があるように思えた。
様々な経験から得た応援という道
そんな麻美さんがこの場所でどんな“好きなこと”に取り組んでいくのか。これからの展望を聞くことにした。
「本来やろうと思っていた事務作業とかがあまりできてないから追求していきたいのと、私はやっぱり裏方思考なので、縁の下の力持ち、一流のディフェンダーとしての存在がいいなと思っています」
「もっとこの町が盛り上がればいいなと思うし、新しくグイグイ出てくる人が現れるとうれしいですね。第二の森じゃないけど、支えようとする人は多くても、自分から支えられる立場になって何かやってみたいって人はそう多くはないじゃないですか
その人の想いを応援することで結果的に町全体の応援にも繋がるのかなと思いました。そういう応援できる対象が増えてくれると私たちは嬉しいです」
麻美さんは、東彼杵町で頑張っている、頑張ろうとしている人を全力で応援する裏方としての想いを語った。 麻美さんには裏方として支えることをやりたいという気持ちがあり、さまざまな種類の職に就きながらもその芯はブレなかった。
むしろ多くの仕事を経験することで発見した気づきによって、より確かなものとなっていた。 そして好きなことだけをやるのではなく、興味が沸いたら自分にとって苦手なことでもあえて挑戦していく力強さ。
僕は、今まで本当の意味で「好きではないこと」をやっていただろうか。自分に足りていないと薄々気づいていた部分を改めて感じ、背筋を正される思いだった。