新しい農業の形から生まれたオーガニックコスメ『junero』と『YAMABE KAJUEN』の加工品【山辺果樹園】

写真

取材

爽やかな柑橘の生の香りと味を、海風とともに

香りの力はやはり不思議だ。

もやもやした気持ちをぱっと晴れやかにしてくれるし、ささくれ立っていた心を穏やかにしてくれる。わたしはついつい、無印良品に行くとアロマオイルコーナーの前でテスターの小さい瓶の蓋をカシャカシャと開け香りをクンクン嗅いでしまうのだが、とりわけ柑橘系はちょっぴり長く嗅ぐ。

年末、家族でこたつに入ってまったりと過ごしながら食べた味、もしくは中学の運動会のときに美人な女友達がむいてくれた青みかんを思い出して懐かしくなるからだ。皮からはじけ飛ぶ果汁が空気に乗って鼻をくすぐる感じを味わい、満足して蓋を閉める。生の香りは、脳をじんわりと刺激してくれる。

そんな思い入れも強いみかんの一大産地のひとつ、九州は長崎。佐世保市ハウステンボス町にある「山辺果樹園」は、農林水産省の厳しい基準に適合したJAS認証農園だ。

みかんやダイダイ、ハーブをオーガニック栽培し、青みかんパウダーやふりかけ、ドライみかんやジャム、ネロリの花(ダイダイの花)を使ったお茶などの加工品ブランド「YAMABE KAJUEN」を展開している。

売れ筋の「ネロリティー」。1つまみぐらいティーカップに入れてお湯を注ぐと濃厚で心落ち着くネロリの香りが楽しめる。
みかんのドライフルーツ。一口食べると、みかんの爽やかな香りと甘酸っぱさが駆け抜け気分リフレッシュ。
国産オーガニックネロリウォータ―。ルームスプレーやリネンスプレーにも。

加えて、オーガニックコスメブランド「junero(ジュネロ)」も立ち上げた。水蒸気蒸留法で抽出したダイダイ(別名:ビターオレンジ)の精油を使用したシャンプーやトリートメント、貴重なネロリ精油を贅沢に配合したクリームなどのアロマ商品を製造販売している。

え、果樹園がコスメを!?と、思わずびっくりしてしまう。もぎたて果実を直売所で販売するイメージが強いからだ。同果樹園オーナーの山辺吉伸さんは「香りで、農業の新しい形を創造したいんです。」とにこやかに微笑む。白い歯がまぶしい。

他メディアから“ネロリ王子”と称されるのもわかる。ここでは年齢は明かさないが、とにかく写真で拝見する限りでもお肌が綺麗なのでネロリパワーの凄さを感じてしまう。

都会にはない、田舎ならではの強みを活かしたいと話す山辺さん。果樹園で丹精込めて育てた柑橘の生の香りを、日本最西端の地から海風とともに人々へと届けている。

ブランドみかんの陰で涙する“ワケあり品”をどうにか活用できないか?

山辺さんは、みかんの産地としても有名な佐世保市針尾町の出身。大自然あふれる大村湾と針尾瀬戸のコントラストを眺めながら、漁業とみかん農家を営む実家で幼少期を過ごした。

就職を機に長崎を離れ、30歳を過ぎたタイミングでUターン。会社勤めのかたわら家業を手伝うことになったが、ある課題に行き着く。

ブランドみかんの栽培がさかんな佐世保では、形が大きくいびつなものはいわゆる“ワケあり品”となり、販売の対象となりにくかったのだ。

「これをどうにか活用できないか」。

ジュースや缶詰にすることも頭をよぎったが、やはり他にはないものを目指したい。そこで、もともと興味があった“香り”の世界へと舵を切ることにした。

ようし、面舵一杯。きっと面白いことができるぞ。

そこからは、ひたすら蒸留器についてリサーチする日々。わざわざ福岡のメーカーまで足繁く通った。会社の給料で機器を購入し、理想の香りを抽出するため試行錯誤を繰り返した。

2016年に会社を退職後、本格的に農業の道へ。まずは県の新規就農者向けの研修を受けながら、畑を貸してくれる農家を当たった。なんのつてもないイチからのスタート。直売所などで情報収集し、手がかりがあれば現地へ赴く。その活動がようやく実を結び、とある農家から針尾無線塔の近くにある無農薬栽培のダイダイ畑を借りられることとなった。

そこは耕作放棄地だったが、元野球部の強靭な体力(華麗なレーキさばき)で整備して再生しダイダイの木を育てた。ダイダイはみかんよりも強く、たくましく育った。

そんなタイミングで吉報がさらに舞い込んでくる。実家が、所有するハウステンボス近くの土地を畑として開くというのだ。

山辺「お客さんに香りを楽しんでもらいたいというのは初めからありました。最初は、ネロリ( ミカン科ミカン属の常緑樹であるビターオレンジ=ダイダイの花)を都会の人に摘んでほしくて。そうなると交通の便が大事なので、ここでやりたいと。」

山辺「でも、どうしても俺はダイダイの木がほしかったんです。どうにかしたくて、72本ほどを無線塔近くの畑からハウステンボス近くの実家の畑まで運んで移植しました。トラック二台ぐらいでずっと行ったり来たりでしたよ。」

移植したのは、30年以上の年月をかけ育った成木だった。

「本当に大丈夫?成り立つの?」と家族が心配するのをよそに、山辺さんは「ダイダイはみかんよりも強いから大丈夫!」と直感を信じて作業を進めた。

そんな彼の想いに応えるように、その年5月の連休をまたぐ二週間ほどダイダイの木は白く美しい花を咲かせた。通常は、果実の収穫には歓迎されないものとして摘蕾(蕾を落とす)の対象になってしまう花。木に花が付きすぎてしまうと、果実の1つ1つに養分が集中しないのだ。

しかし山辺さんにとってはまったくの逆。ネロリの原料となるその花は、都市部からやってきた顧客によって愛でられ、優しく摘み取られた。香りはやはり、フレッシュな状態のものほど良い。すぐに農園で蒸留し、蒸留水をつくる。ほかにない貴重な香りとして生まれ変わっていった。

山辺「花が咲く時期に、農園にテント張って中に蒸留器置いて、お客さんがワーッてなるのが家族にとってはめっちゃ不思議だったみたいです。意味が分かんないって。思わず立ち止まってジーッとその光景を眺めてました。」

従来の農業の常識が180度変わった光景だった。

生の香りってやっぱりすごい。けどアロマの世界は厳しい。

―生の香りってすごいですよね。そうやって目の前で原料を見て、ふれることができる。都会に住んでいればなかなか体験できないことです。

山辺「そうですね。こっちにいれば花を摘めますから。フレッシュな状態が一番良いので。それを保った状態で全国発送する方法も試行錯誤しました。」

フレッシュな状態を閉じ込めて、生の香りを全国に届ける。その手段の1つとしてオーガニックコスメブランド「junero(ジュネロ)」と「YAMABE KAJUEN」は生まれた。

―「junero(ジュネロ)」というブランド名のイメージは?

山辺「うちが果樹園でもあり、ネロリを作りたいという気持ちもあったので、果樹の『ジュ』とネロリの『ネロ』で。妻と考えました。」

―良い名前ですよね。

山辺「ブランドを立ち上げるときに、自分たちでお金をかけずにこれまではやっていたんですけど、コスメとなるとクオリティに妥協はできません。まず、パッケージのデザインですが、東京のデザイナーさんに果樹園まで来ていただいて、実際に農園を回ってもらって僕らの想いを伝えたうえでデザインしていただきました。」

パッケージには、ブランド名の通り、果樹園とネロリ2つの要素が合わさったロゴが記されている。

―もともと、こういうコスメなどに興味があったんですか。

山辺「興味があった、とはまた違うのですが。はじめ、農業も商売もどちらも経験がない状態で他と違うことをしようと考えたときに、原料があるじゃないかと。都会の人の需要に対して、こちらは原料を送ることもできるし、その原料をたくさん生産することもできる。それが田舎の強みだなと実感したんです。」

そんな“田舎の強み”を強く実感するきっかけになったのは、実家で生産した原料をもとにしたアロマ商品を都市部のイベントで販売したことがきっかけだった。

山辺「ブランドを立ち上げる前、最初のとっかかりとして、(現在の山辺果樹園ではなく)実家の畑で生産していた原料をもとにアロマ商品を作ってみたんです。そしてそれを都市部で行われていたアロマのイベントに持って出店してみたんですが、向こうはめちゃめちゃ進んでたんですよ。」

山辺「『国産の精油だということは分かる。良い香り。だけど、この原料は農薬を使ってますよね?』と。アロマ講師の方とそんな会話をしたりして。」

―特に、アロマの世界は厳しそうですね。

山辺「そういう世界なんだって思い知らされました。なので、実家で育てている原料ではなく、完全に無農薬、オーガニックじゃないといけないなと思ったんです。」

長崎のみならず、佐賀、熊本まで足を運び、無農薬栽培を行っている農家のもとを訪ね回った山辺さん。話を聞き実際に見て学ぶことで決意を固め、県の新規就農者向けの研修通いを始めたそうだ。

その後、針尾無線塔近くのダイダイ畑との出会いを果たすことになる。

山辺「無農薬で育てて、しかもそれを加工品にするなんて無理だろうと家族からは半信半疑でした。アロマの知識や関心がなかったのもありますが、そもそも実家は農薬を使って甘くて綺麗な形の柑橘を作ろうとしているのに、僕がやろうとしていることは無農薬を一切使わず自然のままで作る。真逆ですもんね。それを求める人がいるということもわからなかったみたい。」

―求める人がいるとはいえ、繋がりが必要にはなりますよね。農家さんからの発信だと、販路がちょっと想像できないですが…。

山辺「その販路を作るために、山辺果樹園で育てたオーガニック原料で作った商品で出店してみたんですよ。都市部のアロマイベントに。」

すごい。察知能力が。

山辺「最初に作ってみたものは、みかんの花で蒸留した蒸留水とみかんの皮で作った精油を2つ。出店して香りのコンテストに出たりして、『廃棄されるものをどうにかできたら』という想いを伝えたりして、表彰もされました。」

山辺「それがきっかけで、アロマ講師の方々に覚えていただけることができて。現在でも、わざわざこちらまでお越しになってくれるので、最初に動いて良かったと心から思います。」

山辺さんは続ける。

山辺「おかげで、都市部の人が何を求めているのか、どういうのを作ったら、というような方向性がだんだん見えてきました。その中で『ネロリ』の重要性に気が付きました。」

「そうだとしたら、実家の原料では無理だ。」

そう気が付いた山辺さんは、東京から長崎へ帰る飛行機の1時間で、持っていたノートにアイディアを一心に書き出した。田舎を飛び出し、東京へ行ったからこそ気が付くことができた貴重な体験だった。

―その経験もあって、「junero」も誕生したんですね。

山辺「そうですね。しかし、僕もまだまだアロマの世界を知らないとと思って長崎市の教室に通いました。まずはお客さんとの会話ができないと。自分の強みは、本物を、生の香りを知っているところだと思っています。それを正しい知識で的確に届けなければと。」

自然と人、ものが繋がる食べものとコスメで心豊かに

元野球少年で、長年ものづくりに携わってきた山辺さんがチャレンジした“新しい農業のカタチ”は、少しずつ認知度も上がり手応えを感じているという。

今年は長雨や台風、害虫などの影響を受け苦戦しているそうだ。特に無農薬での栽培はダメージが大きく、収穫量の不安定さが今後の課題。

現在は、新商品となる柑橘系の精油やネロリの花の粉末をふんだんに練り込んだ石鹸を開発中。

また、夏に採れた青みかんが、パウダーや酵素シロップとして大活躍するそうだ。※現在は、青デコ&青ダイダイの酵素シロップキットが販売中!

厳しい自然のなかでも「山辺果樹園」の果実や樹々は力強く育ち、はじける生命力や山辺さんの想いを乗せて全国へ発つ。

自然と人、ものが繋がる「YAMABE KAJUEN」と「junero」のアイテムたちは、きっとあなたの心と体をより豊かにしてくれるはずだ。

ひとについての詳細は以下のそれぞれの記事をご覧ください。