人にもっと、仕事の選択肢を。東彼杵町にやってきた個性派ライター 中川晃輔さん【長崎国際大学 佐野ゼミ生共著記事】

  • 渡口彦一郎

    渡口彦一郎

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ものづくり・接客・医療・教育……世の中には、人の数だけ仕事がある。そんな仕事と人を繋ぐ方が、この東彼杵町に移住してきた。

“さまざまな生き方、働き方を紹介する”を理念に掲げ、全国各地の求人情報をインタビュー形式で掲載している求人サイト『日本仕事百貨』。2018-2021年にその編集長を務め、現在はフリーランスで活動しているライターの中川晃輔さんだ。

就職することへの疑問と、不安。
自分の悩みが、仕事へ繋がる

千葉県柏市出身の中川さんは、慶應義塾大学在学中、自分の進路について悩んでいた。

中川「もともと、就職活動、あまり出来なくて、というかしたくなくて(笑)。やりたいこととか研究とか、それぞれ好きなことをやってた人たちが、スーツを着出して、髪型整えて… そういうのを見てると、なんだか『就活に飲み込まれていく』って感じがしちゃったんです」

将来に対する不安を抱えながらも、“とりあえず”就活をすることに疑問を感じていた中川さん。そんなとき、友人に「こんな求人サイトがあるよ」と紹介されたのが、日本仕事百貨だった。いくつもの仕事を見ていく中で目に入ったのは、「インターン募集」の文字。中川さんは迷うことなく、ライターの世界へ飛び込んだ。

「4年生でインターンを始めて、いろんな取材に同行したり、東京にゲストを呼んでイベントをしたり。それで、そのまま就職したって感じですね。就活や転職のタイミングでの選択肢って、この社会のなかのほんの一部、というか。日本中いろんな仕事がこんなに沢山あるんだから、それをもっと伝える仕事がしたいなぁと思って。自分自身の就活の悩みがそのまま、自分の仕事に繋がったみたいな感じです」

日本各地、さまざまな企業を紹介している日本仕事百貨。じつは、いわゆる営業活動はまったくしていないんだそう。

「人を採用したい企業とか、地域おこし協力隊を募集したい行政の担当者の方からご依頼をいただいて、実際に足を運んで取材をします。いい人を採用できた会社さんが口コミで広げてくれて、身近な会社さんからご依頼があって…っていう、いい循環が自然と生まれています」

ここならば、自分の知りたい情報を得られる。求める人材に出会える。そんな信頼の連鎖をつないでいくために、中川さんはライターとして日々の仕事に打ち込んできた。

仕事をする上で守る
大事な二つのこと

現在は会社を離れ、東彼杵町を拠点にフリーランスとして活動している中川さんだが、仕事をする上で、大事にしていることが二つあるという。

一つは「文章をシンプルにする」こと。

「情景とか心情って、いろんなものがその都度巻き起こる。それをそのまま書くと、とっ散らかってしまいます。自分の感じていることや、起こった出来事を、どう並べたら伝わるか。シンプルに、一筆書きにしてみるようなイメージです。そうしたほうが、いろんな人がそこに自分を重ね合わせる余地が生まれやすくなります」

その際に大事なのが、書き手としてだけでなく、話し手や読者の立場になって考えてみることだという。

書き手の自分の視点だけで考えていると、よく書きたい、もっと書きたいという気持ちがどんどん強くなる。意識的にさまざまな視点を行ったり来たりすることで、伝えるべきことは絞られていく。

そしてもう一つは、「時間に追われるほどの仕事を受けない」ということ。

「もちろん、沢山書けたほうがいいんだけど、身を削ってやればやるほど、質をちゃんと追求できない形になってしまうから」

インタビューの文字起こしから、全体の構成を考え、それを記事に落とし込むだけでも丸一日。インタビューや移動の時間も含めると、一つの記事を書くのに二日はかかるそう。

インタビュアー・ライター・カメラマンと多岐にわたる役割を1人で担うため、月に書ける本数は5,6本ほど。記事の質を高めるために、長年かけてたどり着いた中川さんなりのバランスだ。

責任の伴うライターという仕事。
重圧と向き合い、人と向き合う

インタビュー記事を書く、ということは自分だけではなく、その人の人生を背負って発表するということ。そこには当然、大きな責任が伴う。自分の書き方一つで、話し手の印象に大きな影響を与えてしまう可能性もある。その重圧に、中川さんはどうやって向き合っているのだろう。

「初期はほんとに怖かったですね。その怖さが無くなったら…… いや、無くならないな。 多分、誰にもあまりツッコまれないように書くことも出来るだろうけど、そっちのほうに慣れてしまったら駄目だと思う。ずっと、どう伝わるかなとか、怖さを抱えながらも、でもやっぱりこの人を伝えるんだという中で、やっていくしかないんでしょうね……」

文章を煌びやかにさえすれば、依頼者からの不満の声はあがらないかもしれない。そうではなくて、心からこの人のことを伝えたい。そう思うからこそ、どんなに怖くても、自分の持てる全ての力で、ありのままを伝える。葛藤の中に、中川さんの曲げられない信念があった。

人に出逢い、フォーカスする。
それが、「人」を書く一番の理由

日本仕事百貨の求人情報では、給料や福利厚生の他に、そこで働く方々の入社に至るストーリーや想いもたっぷりと掲載している。なぜ、仕事内容だけではなく、人についても書くのだろうか。

そこには、中川さんのこんな想いがあった。

「お金を追うのが悪だとか、それは良くない考えだとかは思わないんです。でも、そういう条件って、僕はきっかけにはなるけど、働き続けていく中での一番の要因にはなり得ないと思うんですよ。ぼくはやっぱり、『この人たちと働きたい』と思えなければ、良い出会いにはならないんじゃないかなと思うので。そういう意味ではすごく、人にフォーカスするっていうことを大事にしてます」

きっかけを与えるだけでなく、より良い出会いのその先を見据えて。

数字の羅列だけでは分からない、実際の現場の空気感をそのまま切り取るためには、働いている人たちの笑顔も、苦悩も、その全てを隠さずに記事にすることが必要なのだ。この世には人の数だけ仕事があるのに、周りの環境や自分の決めつけで、気づかないうちに人が持つ可能性は狭められている。

そんな人たちにとっての選択肢が一つ増えるだけでも、人生はもっと豊かになるかもしれない。人と仕事を繋げるために、中川さんは、今日もどこかで人と向き合っている。

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