諫早市森山町にある「風の森」。緑あふれる森の中に、台湾茶、日本茶を専門にした喫茶店、喫茶Branchがひっそりと佇んでいる。2年前の夏、オーナーの本田孝太郎さんは同店をオープンさせた。喫茶Branchと同敷地にあるドライフラワー専門店の「nuts.and.branch」は、孝太郎さんの奥さんがオーナーをしている。公務員を退職し開業した喫茶Branch。開業に至るまで、それから今後の話などを孝太郎さんに伺った。
好奇心旺盛でサッカーに夢中になった少年時代
好奇心旺盛な少年時代を過ごしていた孝太郎さんは、体を動かすことが好きで、空手や野球などのいろいろなスポーツを少年時代から経験してきた。中でもサッカーに特に熱中し、小学校高学年からはサッカー1本に絞り部活に励んだ。
孝太郎さん(以下孝太郎)「当時Jリーグが始まったばっかりでカズの全盛期、俺もプロになりたかった」
プロサッカー選手になるという夢に向かっていた孝太郎さんは、長崎市のサッカー強豪高校へ進学しサッカーに打ち込む高校時代を過ごした。惜しくもプロへの夢は破れたものの、高校時代に知り合った友人との交流は今も続いており、お互いに刺激し合ういい関係だという。当時の経験は、確実に今に繋がっている。
レスキュー隊として働き、安定について考えた
幼い頃からスポーツを続けたことで体力には自信があった孝太郎さん。
孝太郎「丈夫な体を生かしたやりがいがある仕事で、やっぱり人の役に立ちたかった」
そんな思いから消防士を志した孝太郎さんは、無事試験を突破し、地元長崎で消防士としてのキャリアをスタートさせた。消防士になった孝太郎さんの目標は、レスキュー隊としてたくさんの人を助けること。結果的に、消防士として務めたキャリアのほとんどの時間をオレンジ色の制服を着てレスキュー隊として過ごした。消防署内でもわずか6人しかいない「IRT:international Rescue Team」とよばれる国際救助隊として、災害時に海外に派遣されるチームに選抜されるなど、熱心に仕事に打ち込んだ。
このように順調に消防士としてのキャリアを積んできた孝太郎さんでしたが、ある時
孝太郎「公務員勤めの限界を感じた。世間一般的に安定の職業って言われるけど、それが何か自分にとって安定じゃなかった。」
という自身の思いに気づくことになる。
孝太郎「俺100歳まで生きるつもりだから、消防士のままだったら将来、退職した後のことを考えたら不安定に感じた、決められたレールを進んでいくような感覚になって、自分らしくないのかなと感じた。」
「消防士として自分でできることは、やり切ったと思っている」
退職まで続けるつもりで就職し、消防士として働くことにはやりがいや誇りを感じていたし、消防士の仕事が好きだった。反面、退職後の数十年をリアルに想像した時に、やりたいことはやっておきたい、自分らしく生きるためには、今の自分の直感に従って退職して今後の人生の軸になる仕事を自分で起業(開業)しようと考えるようになったそう。
自分らしさを求めて次のステップへ
元々趣味で集めていたアンティークの陶器がきっかけで、お茶の道へと進むことになる。長崎市にある行きつけのお店で開催された台湾茶の陶器を扱うイベントに行き、台湾茶と出会う。あまりのおいしさに、台湾茶に惹かれた孝太郎さんは、長崎には台湾茶の専門店がないため福岡の台湾茶専門店へ行き根掘り葉掘りいろんなことを聞いたそう。
孝太郎「開業は奥さんと一緒にやりたかった。’’お茶と花’’の組み合わせがしっくりきた。お茶専門の喫茶店は長崎にも九州にも少ないし、おもしろい。なによりお茶をもっと学びたいと思った。」
当時、孝太郎さんの奥さんはドライフラワーのアレンジを中心に無店舗ではあったが、すでに営業を開始していた。そんな奥さんと一緒にお茶と花を扱って、同じ空間で店を経営していくという未来を見据え始めたそう。
孝太郎「退職を決断するときは悩んだけど、やりたいとおもって先延ばしにしたら結局しない、したいと思った時がタイミング。’やりたい’では進まない、’やる’って覚悟がないと動かない」
こうして、公務員は不安定だと思いはじめてから、悩みはしたものの、自分の思う道へ進んでいこうと覚悟した孝太郎さん。
孝太郎「来年から一緒にお店はじめるね」
とだけ報告をしたそう。それまで退職をしたい、一緒にお店をしようという相談を全くしていなかったということで、奥様は目を見開いて唖然としたそう。
孝太郎「嫁さんは大変だと思うよ、こんな俺に振り回されてしまって」
と孝太郎さんは言いますが、奥さんは反対せずに孝太郎さんの考えを尊重してくれたそう。ここから、孝太郎さんと奥さんは開業に向けて本格的に進み出した。奥さんがイベントに参加したことがきっかけで「風の森」との縁が生まれ、お店をここでオープンすることに決めた。お茶の勉強と並行して、内装のDIYなどを元同僚たちの助けを得ながら徐々に開店準備を進め、退職から5ヶ月後、喫茶Branchを無事オープンさせる。
アンティーク家具をならべ、お茶と花で落ち着く空間の喫茶Branchを作り上げた。「阿里山金萱茶」「白桃烏龍茶」「台湾鉄観音」など9種類の台湾茶は様々な香りや味のバリエーションを楽しむことができる。他にも東彼杵東坂茶園の「蒸し製玉緑茶」「ほうじ茶」「和紅茶」などの日本茶を多数、抹茶ラテなどのオリジナルメニューや薬膳茶など豊富なラインナップを用意している。茶葉はオンラインショップでも購入することができる。
季節に応じた手作りの和菓子や台湾茶ベースの出汁を使用したお茶漬けなどもあり、森の中に流れるゆったりとした時間を楽しむことができる。
孝太郎「いろいろね、大変さはあるけど、楽しいことのほうが大きいよ、いろんなことに挑戦しやすくなったよね、こういうことしたいなーと思っても、前(公務員時代)は実現できなかった、縛りが大きすぎた。(開業して)たった2年だけど、いろんなことがわかってきた。仕事のことも自分のことも。変化に順応していくことが大事だと感じた。」
孝太郎「好きなことをやっていくっていうのは、すごくいいこと。でもそれにはやっぱりお金だって必要だし、現実的な問題がでてくるし、そこら辺のバランスは何かすごく大事だなと思うね。」
「やりながら考える、そうしないと何も生まれない」という意識で動く孝太郎さんは、自分の好奇心が向いたことにチャレンジを常に続けている。チャレンジはいつも成功するものではなく、実際には沢山の失敗もしてきたと語る孝太郎さん、失敗に対する考え方も前向きだ。
孝太郎「失敗を失敗と思わないようにしている。ネガティブに考えずに、それを乗り越えたときに自分が成長させてもらってるって思っている。失敗しないと本当に学びって得られないからね」
何かにチャレンジするときに悩むことはあるのかと問うと
「悩むことはあっても腹をくくるまでのスピードが速い」
と、あっさりと答えてくれた。失敗を恐れずにチャレンジする姿勢はこういう気持ちから出てくるのかと納得した。
枝葉をひろげるように
このように、自分が思ったことに真っ直ぐに、時には振り返りながら、日々好奇心というアンテナを巡らせ挑戦を続けている孝太郎さん。最近では配送の仕事、喫茶Branchとは別の場所でのバー営業なども行っているそう。
孝太郎「この喫茶Branchを軸に枝葉をどんどん広げていきたい、バー営業、配送、なんかしら関連付けしながらお茶の仕事は一生したいと思っている、ブランチは枝って意味だから。」
今後の話を伺う中で、印象的な展望を語ってくれた。今はまだ、構想の段階ということを前提としての話だが
孝太郎「いつか消防に恩返しができる仕事ができたら嬉しい。もしも災害が起こった時には公の手が足りなくなることが予想される、そんな時に配送の仕事が手助けになれたらなって考えている。」
今の考え方、生き方ができるようになったのは消防士として働いた経験があってこそだと語る孝太郎さん。前の職場への感謝の気持ちは忘れない。喫茶Branchには元同僚もよく来てくれるということで、良好な人間関係を築いていた孝太郎さんの人柄がわかる。
この春、息子さんが入院をしたことで、働き方を見直すきっかけになり、今が一つの転換期と感じている。一つのことに執着しすぎず、好奇心が向いた方向へどんどんチャレンジを続けていきたいと語る。
安定と言われる公務員を不安定だと感じ、自分で自分の生きる道を切り開いていく孝太郎さん。
今後、孝太郎さんが幹となり、どんな枝葉が成長してくのか楽しみだ。
喫茶Branch
所在地:長崎県諫早市森山町唐比北67
営業日:金曜〜日曜 11:00-17:00