ものづくりの価値を継承していく。“野鍛冶”としてひとの生活を支える『森かじや』

取材、文、写真

カンッ!カンッ!カンッ!
静かな彼杵の町に響く金属音。

赤らめた鉄を叩くたび、火花が顔を照らすほどに飛び散る工房。
今では全国でも数少なくなった鍛冶屋のひとつが東彼杵町にあります。

昭和43年創業の『森かじや』
日本では紀元前470年頃から始まったとされる金属加工。
その伝統を受け継ぐ彼杵の鍛冶屋はいったいどんな場所なのでしょうか。

2代目の森保憲さんにお話をお聞きしました。

踏み出した職人への道。森かじやのはじまり

鍛冶屋と一言でいっても、鍛冶屋には大きく3つの種類があることを知っていますか?

一つは刀を専門とした“刀鍛冶”、もう一つは包丁やノコギリなど、一つの商品の鍛冶に特化した“専門鍛冶”。
そして最後の3つ目が、森かじやさんが当てはまる“野鍛冶”という鍛冶屋です。

「野鍛冶」とは、暮らしのなかで使われる道具を幅広く手掛け、さらに修理まで行う形態のことをいいます。
人の生活に欠かせない存在の「野鍛冶」ですが、お店の始まりは1代目であるお父さんの勘違いだったようで…

保憲「初代である私の父、ちょうど就職先があまりなかった時代だったようで、たまたま声をかけてくれた知り合いの紹介で、農業に関する鉄鋼メーカーだという会社に務めることにしたそうなんです。しかし、二つ返事で行ってみると鍛冶屋だったと。父が騙されたこと、これが今の森かじやの原点なんです(笑)」

保憲「流されるままに弟子入りした父でしたが、当時はかなりハードな生活を送っていたみたいですよ。今じゃ考えられないですけど、住み込みで技術を教える代わりに給料はゼロ。鍛冶の知識なんてもちろんなかった父ですが、5年間その場所で修行を積み、鍛冶職人としての腕を磨いたそうです」

ひょんなきっかけから職人の道へ進んだ初代。
その後、波佐見にあった鍛冶屋さんから機械を譲り受ける話があり、間借りでしばらく働いた後に彼杵で現在の森かじやを開業しました。

使うほど人に馴染む本物。“ものづくり”を伝承していく

暮らしのなかで使われる道具を幅広く製造する「野鍛冶」。
森かじやでは、いったいどんな製品が作られているのでしょうか。

保憲「最初は松原にある鍛冶屋さんから下請けのような形で鍬を作っていました。しかし、徐々にお客さんから頼んでもらえることが多くなり、鍬の製造はお断りして包丁をメインに作るようになりました」

保憲「包丁は、材料を組み合わせて熱して鍛接。鍛接したかたまりを熱し、ハンマーで何度も叩いて形を整えていく。荒仕上げをして、焼き入れ、焼き戻し、研ぎ、ぼかし、柄入れなど、全工程を自分たちの手で行っています。よく、包丁って一日で何本くらい作れるんですか?と聞かれることがあるのですが、一日に何本というよりは、その日の作業をとことんやり抜くという状況が近いかもしれません」

なんと、ふるさと納税では4ヶ月待ちだという森かじやの包丁。

こだわりはものづくりの価値を伝承していくことだと語ってくださいました。

保憲「大量生産が容易になった近年。包丁も安価なものやセラミック素材のものなど、いろんな商品が出てくるようになりました。でも未だに昔の技術を受け継いだものもあるんですよね。ずっと残っているということは、その技術にそれだけの価値があるからだと思います」

保憲「森かじや自体は私で2代目。まだまだ鍛冶屋としての歴史は浅いと思いますが、ものづくりの価値を伝承していく役割は、これからも職人としてしっかり担っていきたいと思っています」

お客さんの要望が森かじやの“伸びしろ”

鍛冶屋はひと昔前、どの町にも必ず一軒はあるほど、人の生活とは切り離せない存在だったそうです。
しかし、農業・漁業の衰退、製造の機械化、後継者不足など、さまざまな要因が重なって、一つ、また一つとその数を減らしていきました。

彼杵近辺でも、すでに把握できるくらいの軒数しか残っていません。
そんな貴重な一軒である森かじやには、さまざまな依頼が飛び込んでくるんだとか。

保憲「彼杵、嬉野、波佐見など、この周辺には複雑な地形を活かした棚田や茶畑が多いので、鍛冶屋が衰退していくなかでも、鍛冶屋が必要とされる母数が最近まで多かったんだと思います

保憲「今でも、イノシシの解体用であったり、鯨をさばくためだったり、農業の株切だったり、趣味の料理のためだったりと、いろんなリクエストが飛んでくるんです。その度に丁寧にヒアリングして、何十種類もある材料を組み合わせたり、形や研ぎ方を模索してみたりと、とにかく頼まれたことに一つ一つ向き合うようにしています。要望の数だけ違う商品が生まれる。お客さんの声が森鍛かじやの“伸びしろ”なんだと思います」

これ以上店を大きくするつもりはなくて、ただ目の前のお客さんに向き合っていきたと語ってくださった保憲さん。
森かじやで生み出された製品は、これからもたくさんの人の生活を支え続けることでしょう。

カンッ!カンッ!カンッ!
金属音の響く工房では、今日も保憲さんが魂を込めた一本がうぶ声を上げています。

森かじやの「ひと」の記事はこちらから

店 名
森かじや
所在地

長崎県東彼杵郡東彼杵町三根郷1627-8Google Map

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TEL
0957-46-0233