東彼杵町彼杵宿郷の『おっぷら』は、二十六聖人の石碑が建つ海岸のそばにあるカフェ。目の前に広がる大村湾からの波音や遠くから聞こえてくる電車の音に耳を澄ましながら、ゆったりとした時間を過ごせます。
おっぷらの店内には、店主である山田恭子さんの夫で木工作家の山田祐さんが手がけた家具やおもちゃなど、木のぬくもりにあふれるインテリアが並んでいます。
また、地元食材を取り入れたパンやケーキなどの品々は恭子さん特製のものばかり。滋味あふれるその味わいに、心惹きつけられるファンが世代を問わず広がっています。
これからの人生のために
大学時代のサークル活動を通じて出会った山田さんご夫婦は、結婚後にドイツに2年間滞在し、日本に戻ってから長崎県内を転々としつつ30年前に東彼杵へ移住。祐さんが主体となり二人三脚で木工作家活動やキャンプ指導など野外活動の運営を数十年にわたり行ってきました。
およそ10年前のこと。彼杵海岸の松林が心地よく、頻繁に家族でカヤックに乗って遊んでいるうちに後におっぷらの店舗となる、空き家だった建物に興味を持ちました。カヤックの倉庫として借りられたらと祐さんは考えていましたが、縁あって建物を購入することに。
それからしばらくの間カヤックの倉庫として使っていましたが、4年前に祐さんの病気が判明しました。
祐さん(以下祐)「特定検診で異常が見つかって再検査の連絡がきたんだけど、自覚症状は無かったし仕事の忙しさもあって2ヶ月くらい放置してたの。だけど恭子さんから説得されて1月後半に再検査を受けたら病気が判明して。それから2月初めに手術を受けて、無事に退院できた。きっと生かされたんだと思うよ」
この体験を機に、以前とある人からもらっていたアドバイスが祐さんの頭をよぎるようになります。
「信頼している先輩に、前々から『良い場所に建物を持っているし、技術も持っているんだから店をやってみたら良い。それに恭子さんものびのびとやりたいことをできるから、奥さんのことも思ってやってみたら?』って背中を押されていて。いずれはそうしたいと考えてはいたけど、病気になるまで店づくりはやりたいことの一番ではなかったね。今までやってきている事業の中心は全部僕だったけど、もしものことを思うと店づくりが優先順位の一番になったんだよ」
恭子さん(以下恭子)「その言葉がおっぷらを始めるきっかけになったよね」
それから数か月かけ、家族で建物のリノベーションを実施。やがて2019年の11月、子供の頃から料理やお菓子作りが得意な恭子さんのカフェがオープンすることとなりました。
世代や地域を超えたエリアへ
もう一つ、おっぷらを作ったのには理由がありました。近年の東彼杵ではソリッソリッソを中心とした千綿エリアの動きが盛んになっていましたが、知人から「千綿に行っても周りは若い人たちばかりで、私たち年配の人は少し落ち着かない」という声を聞くことがあったそう。
祐「そこで、おっぷらを若い世代から自分たちより上の世代の人も、みんな気兼ねなくゆっくりとおしゃべりできるお店にしようと。そんなくつろげる場所があったら面白いかなって。お客さんの中には『子供の頃ここの海に泳ぎに来たよ』とか『この海の家でかき氷食べた、懐かしか』って喜んでくれた年配の方が何人もいて、やっぱりこういう場所はいるんだなって思ったよ」
お店の営業を始めたばかりのお客さんは、県内外から東彼杵へ移住してきた人が多かったそう。それからは口コミや紹介が縁となって少しずつ地元の人も訪れるようになり、地域を超え数多くのお客さんとコミュニケーションを取る中で、気付いたことがありました。
恭子「実はそれまで県外の人との付き合いが多くて、地元の人との付き合いはご近所さん以外は無かったの。でも、町に住んでいる若い世代の人たちがすごく頑張っている姿が見えてきて。そしてそういう人たちがここに来てくださるようになって、次々と新しいつながりが出来ていって……私たちも何か力になれないかなっていう思いが芽生えてきたの」
祐「色んな世代をうまく合流させて、色んな地域の人たちが出会う。そういうことを実現できるエリアになって行ったら良いよね」
山田家の三本柱
おっぷらではカフェ営業のほか、料理や工作のワークショップ、保育園のデイキャンプなども行っており「なかなか味わえない体験ができた」と参加者の皆さんから喜ばれています。特に多く開催されているのは料理のワークショップ。ピザやソーセージづくりのほか、ダッチオーブンで丸鶏を焼いたりメスティンを使ったクッキングなども行っています。
恭子「キャンプでの食事って簡単なもので良いって思われがちじゃない? でも私はそうじゃないって考えてて。例えばカレーを作るとしたら心から美味しいと思えるものを作りたいし、外でもこんなに美味しいカレーが作れるんだって知ってもらえたら、って自分なりにレシピを改良してきたのね。それで参加者の方から喜んでもらえることが多くて、少しずつ自信も湧いてきて」
そして2022年現在、カフェおっぷらの代表を恭子さんが、木工作品を手がけるP.toysの主宰を祐さんが、そして野外活動を行うNPO『少年山荘』の理事長を息子の孟さんが務め、それぞれが協力し合う3本の柱となって運営しています。
祐「今まで僕らがやってこれたのは、これまでの経験で身に付いてきた引き出しの数だと思うんだよ。木工も、野外活動も、料理も、ドイツへの旅の経験とかも含めて子供の頃から続けているものばかりで『できるだけお金を使わずに知恵を出して楽しみながら遊ぶ』ことをやってきた。そういった経験を伝えていけるところが強みかな。コロナがやってきて、木工だけだったらどうにもならなかっただろうし、料理だけだったらお店が無くなっていたかもしれない。力を補い合いながら3つで回している感じだね」
恭子「やっぱり基本は“楽しむ”ってこと。参加者の人も含めて関わる人みんながいかに楽しめるかってことね。お料理もモノづくりもそうだけど、それぞれが本当に楽しかったって思えたらそれがベストかなって」
さざ波がきらめく大村湾を眺めながら、そして時には海が赤く染まっていく極上の夕日を浴びながら。心を潤す格別なひとときを『おっぷら』で過ごしてみませんか。
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