一度は食べてみてほしいし、わたしも食べたい。
いきなり何だと思うかもしれないが、鯉(こい)料理を食べたことはあるだろうか。
地域によっては冠婚葬祭のテーブルを彩り、古くから滋養豊富な薬膳食として親しまれている鯉料理。ちなみに、よく庭園などで泳いでいる華やかな錦鯉ではなく、食用の鯉が使われている。
代表的な調理方法は、切った鯉を水で洗い氷水でキュッとしめる『鯉あらい』。コリコリとした食感と旨みが楽しめる。
そしてもう1つは、輪切りにした鯉を味噌でじっくり煮込んだ「鯉こく」。
「鯉こく」とは、「鯉濃漿(こいこくしょう)」を略したもの。濃漿とは、味噌で仕立てた汁で魚や肉を煮込み、その臭みを取る伝統料理のことだ。「鯉こく」はその代表的な一品で、長野地方では年越しに食べる風習も。
どれも生け簀から揚げたての新鮮さと、作り手の卓越した技術によってのみ味わえる。
と、ここまで書いておきながら、
筆者は一度も食べたことがない。
が、お話を聞かせていただくうちにどうしても食べたくなってしまい、その欲望をPCのキーボードに叩き付けているところだ。
インタビュアーのさいとう宿場の女将・晶子さんとくじらの髭・森さんがそれはもう美味しそうにいただいてるものですから、ああ、食べたくてしょうがない!
ここでは、そんな鯉料理の魅力を、創業60年の老舗・東彼杵町にある「龍頭泉荘」さんにお話を伺いながらお伝えしていく。
この記事を読み終わったあと、みなさんもわたしと同じ気持ちになってくれたらいいなと思う。
千綿渓谷清流の恵みいっぱいの
鯉料理が味わえる『龍頭泉荘』
千綿川の清流に沿って、48の滝と淵が連なる千綿渓谷。その上流には龍頭泉がある。
1845年の江戸時代、儒学者の広瀬淡窓が大村藩に招かれこの地を訪れた際、千綿渓谷全体を“まるで龍のようだ”と称え、龍頭泉の名を付けた。もちろん、東彼杵が誇るこの川魚料理専門店「龍頭泉荘」の名前の由来となっている。
国道34号線から県道190号線に入りしばらく進むと玉簾橋へとたどり着く。
渡るやいなや、一気に山の深い緑と水のせせらぎに包まれ「おや?」となる。冴え冴えとした空気に、とても神聖なものすら感じてしまうのだ。そこから2分ほど車を走らせた先に『龍頭泉荘』はある。
お店の歴史は60年あまり。先代が約20年、その後、現在の店主・田中英夫さんが引継いで40年。妻の栄子さん、二人娘の泉穂さんとあゆみさんの4人で元気にお店を切り盛りしている。
鯉とうなぎ、すっぽん料理の専門店で、どれも鮮度にこだわり素材を活かしている。特に鯉料理は、全国から著名人含め多くの人々が訪れるほどの人気だ。
根強い人気を誇る
『鯉あらい』
お品書きの中で特に人気を誇るのが、記事の冒頭でもふれた「鯉あらい」。
英夫「うちの鯉は養殖で、一年中同じ水温で泳がせてるから、どの時期に食べてもおいしいよ」
「龍頭泉荘」の鯉は、古くから上質な鯉の養殖で有名な長野県からやってくる。龍頭泉の豊かな岩清水に2週間以上泳がせるため、とても身が引き締まっているのだ。どれも注文を受けてから水揚げされ、調理工程へと入っていく。
英夫「鯉の場合は、まず身を薄く切らないといけない。骨が多いからね」
栄子「海の魚は、三枚におろしてバーッと切ってそのまま持っていく。けど鯉の場合は、切ったあとに皮を取って身だけにして、それを薄造りにして。それを洗いにかけるの」
海の魚と川魚。同じ魚ゆえ構造は同じだが、調理の工程は異なる。川魚の調理は特に手間がかかるのだ。
薄切りにした鯉の身を、氷の上に一枚一枚丁寧に盛り付け完成だ。その一皿は、まるで大輪の牡丹のような美しさだ。
くじらの髭・森さんのご家庭では、お子さんのお祝い事や家族での集まりといったハレの日を彩る料理として、「龍頭泉荘」の鯉あらいは欠かせないという。
栄子「今は違うけど、以前は注文を受けてから2時間はかかってた。先代から言われていたのが、『お客さんの顔を見てから、鯉を水揚げして調理に取り掛かります』と。鯉料理はとにかく新鮮さが命なんでね、例えば予約時間通りに来られない場合なんかは、こちらが先に仕込んでいたら新鮮さが逃げてしまうから、ということで。当時はね」
泉穂「いまはスピードアップしてますよ!」
新鮮そのものゆえ、クセや臭みは一切なく、さっぱりとした味わいが楽しめる。酢ぬたが定番だが、ポン酢や柚子胡椒を添えていただくのもおいしい。
味噌と鯉の出汁が混ざりあう、やさしい味。
龍頭泉荘流の『鯉こく』
――あと、「鯉こく」がこんなにおいしいものかと。このお店で知りました
ここ「龍頭泉荘」の鯉こくは、記事冒頭でご紹介した、長野地方などのものとはちょっと違う。
あゆみ「うちのは、鯉のアラとかが入ってます。(鯉こく自体は)お店によって、使う味噌の種類で味わいも全然違うんですよ」
味噌煮込みではなく、いわば、“鯉のアラを使った濃い目のお味噌汁”。なのでシメにもぴったりなのだ。
泉穂「それでね……あの、あれですよ、うん」
あゆみ「ねこまんまにすると、もっとおいしい(照)」
栄子「えっ、甘くない? けど、お客さんでやってらっしゃった方いたなあ。初めから身を蓋にあげて、御飯をね」
娘たち「サイコーよ」
鯉の出汁が味噌とまざりあい、しっかりとした味わいと風味でほっと安らぐ一杯だ。
刺身もおすすめです!
「鯉料理は『あらい』と『鯉こく』だけじゃないんです!」と、長女の泉穂さんと次女のあゆみさんが熱く語るのが、“刺身”だ。
泉穂「あらいにかける前、つまり切っただけの状態なんですけど、身が全然違います。味は、実は刺身の方が“濃い”んです。甘みもあるし、脂も乗っててすごくおいしい。けど、やっぱり人気は『あらい』の方……」
――やっぱり、あらいと刺身では食感も全然違うんですよね
泉穂「刺身は、もっとねっとりとしています。味も濃くて甘みがわかるので、お醤油かポン酢で味わえます。私は、実を言うと刺身の方が好みですね」
そんな泉穂さんの猛プッシュもあり、最近は刺身も提供するようになったそう。新しい鯉の魅力がわかるこの味、ぜひオーダーしてみてはいかがだろう。
滋養の宝庫、うなぎとすっぽん料理
忘れてはいけないのが、すっぽんとうなぎ料理。
すっぽんは、血(ジュースやお酒で割る)、刺身、唐揚げ、鍋、雑炊のフルコースで。
特に気になるのはすっぽんの刺身だが、あゆみさんの話によると、食感は鳥刺しと似ているという。肩甲骨まわりの肉、胃と腸、レバ刺し、腎臓、心臓などが綺麗に並ぶようすは、一見、すっぽんの見た目とはイメージが結びつかないほど鮮やか。オスなら白子、メスなら卵を軍艦巻きのようにして味わうことも。生姜醤油でどうぞ。
お鍋はコラーゲンたっぷり。唐揚げは鶏肉よりもジューシー。すっぽんを余すことなく堪能できる。
土用丑の日に食べるスタミナ食、うなぎ料理も味わえる。蒲焼や白焼きの定食やお弁当などのテイクアウトも取り扱っている。
どちらも鯉と並び、日本古来から滋養食として特別な日にも親しまれてきた料理だ。一度は味わってみたい。
鯉にはまだまだ味わい方がある!
ここで、鯉の話に戻る。
これまでさまざまなジャンルの飲食店で働いてきた経験を活かし、田中さん姉妹は鯉料理のさらなる可能性を模索中だ。生ならカルパッチョやお茶漬け、火を通して塩焼き、マヨネーズで和えたりあんかけにしてみたりとその幅は広がりつつある。
最近チャレンジしているのが、なんと「鯉バーガー」。鯉のフライをバンズで挟んだもので、これがまた美味だそうだ。“鯉料理を通じて東彼杵を盛り上げていきたい”という思いのもと、試作を重ねている。ゆくゆくは、「くじら」と並び、長崎のグルメイベントにも登場するかもしれない――新たなご当地グルメ誕生の予感に心が躍った。
いまも昔も変わらない場所で
可能性を切り開いてゆく
「龍頭泉荘」は料理だけではなく、人里離れ深い自然に囲まれた空間も魅力の1つ。
川のせせらぎと木々が風に揺れる音、そして生きものたちの声がBGMとなって60年もの時を刻んだ建物を包み込む。刻一刻と変わる自然の表情と光をふんだんに取り入れた窓一面からは、千綿渓谷を見下ろす絶景が。
内装のあちこちには、当時の職人がしつらえた意匠がしっかりと残る。
夏は戸を開け放ち開放的な空間で、それ以外のシーズンはゆったりと個室で。そんな心落ち着く空間で、おひとりさまでも、または大切な人と食事を楽しむのも良いだろう。
――30年前、うちの実家のお酒をここに卸させていただいてたんです。5歳だったかな。よくここの廊下を走り回ってたのを思い出しますね
と、森さんもしみじみ。
森さんをはじめ、「龍頭泉荘」には親子二代、もしくは三代にわたり通い続けている人もいるだろう。そんなお客さんたちと、田中さん一家4人の人生を、この店は静かに見守ってきたのかもしれないと感じる。
「また来るね」
と思わず人々が口にし、実際に何度も足を運んでしまうのは、上記の魅力に加え、この千綿の自然とともにたくましく生きてきた田中さん一家に元気をもらえるから、ということもお伝えしたい。
田中さん一家を含め、ここはきっとパワースポットなのだ。
いまも昔も変わらない「龍頭泉荘」で、新たな可能性を切り開きながらこれからも続いていく彼らの道を応援せずにはいられない。
そして、わたしはなにより楽しみなのだ。鯉料理のほんとうのおいしさを知ることが。これまでの食の価値観を変えるその瞬間が。彼らのもとで、人生初の鯉デビューを果たしたい。
ひとの記事に関しましては、以下をご覧ください。