2022年、新しいスタートを歩み始めた道の駅『道の駅 彼杵の荘』

取材

写真

『道の駅 彼杵の荘(そのぎのしょう)』は、2001年8月に開業した東彼杵町の道の駅です。店内は特産のそのぎ茶のほか、採れたてで新鮮な地元産の食材やお弁当、長崎自慢の銘菓など「ここに来れば欲しいものが一度に全て揃う」と言っても過言ではないほど充実したラインナップが並びます。

また、併設された食堂はそのぎ茶餡がたっぷり詰まった『茶ちゃ焼』やくじら肉料理など、ここでしか食べられないメニューばかり。手ごろな価格で美味しいランチやおやつが味わえると評判です。

地元住民から県内外の観光客まで年間およそ40万人も訪れるほどの人気ぶりから、2015年には優れた地域活性化の拠点であるとして国土交通大臣から“重点”道の駅に選定されました。多くの人を動かす一大拠点に育つまでの物語を、株式会社彼杵の荘の代表取締役社長である岡﨑省三さんと、17年にわたって彼杵の荘に勤務し商品指導を行う松山良一さんに伺いました。

20年以上繰り広げられてきたドラマ

彼杵の荘をつくる構想が芽生えたのは、オープンする5年ほど前のこと。その当時、社長の岡﨑さんは現在店舗兼自宅となっている場所で焼き鳥屋を営んでいました。ある日お客さんから「道の駅というものがあるよ」という話を耳にし興味を持った岡﨑さんは、暇を見つけては各地の道の駅へと出向くようになります。

岡﨑さん(以下岡﨑)「道の駅にはあちこちから沢山の人が集まってくることに興味を持ったんです。それで何度か行ってみるうちに『道の駅ってこういうものなのか、これは面白いから今後伸びてくるな』と感じて。それに加えて、農家の人たちが作物を安くでしか売れず、収入が上がらないって話をずっと聞いとったから、農家さんたちにもっと豊かになってもらう手段の一つになるよね……などの思いが大きく膨らんでいきました」

それからは焼き鳥屋の営業と並行しながら、道の駅開業へと動き出します。数多くの人たちと関わっていくにつれ、思いもよらない出来事の数々が岡﨑さんを待ち受けていました。

岡﨑省三さん

道の駅オープンに向けて商品を出品してくれる人を募り説明会を開きましたが「参加したい」と申し出たのは農家や漁師を中心に80人ほど。しかし、実際に出品してくれたのはその内の20人ほどで、そのうえ毎日出荷してくれたのは5〜6人と想定よりもかなり少ない人数でした。そこで岡﨑さんたちはあちこちの農家や業者などへ商品の出品を1軒1軒お願いにまわることに。

岡﨑「最初は文句を言われることもよくありましたよ。『あがん道の駅のごたっところにうちのば出せるもんか!』とか、『あんなところ2、3年でつぶれる』とかね。本当に歯がゆくて我慢して……でも心の中ではね『よーし、今に見とけ。そっちから出品させてほしいって言わすところまでやってやるぞ』って思いが湧いとった」

開業して3年は赤字だったものの、幾度にも重なる出品依頼が功を奏し出品数や売上が少しずつ伸びていきました。4年目には初めて黒字になり、それまでの出品者だけでは商品が足りなくなるほど。そこで大村市など近隣の市町からの出品も開始し、これをきっかけに商品のクオリティを向上させる動きが本格化していきます。

松山良一さん

岡﨑「ここでも『なんで他所んとば出すとか』とか言い出す人が出てきて。ただでさえ数が足らんのによ。それに、大村の人は綺麗な商品を持ってくるから、自分たちのものが劣って見えるって文句を言う人がいたりね。だけど大村の人が良いものを出してくれるけん、お客さんも来てくれるってことがだんだん町の人たちも理解してくれるようになって」

松山さん「農家の人たちは商売をやっていないこともあってか『こんなの自分のところでも食べてるの?』って思わず疑いたくなる品質のものを出してくることもあったんですよ。お金をいただいてるんだから、多少の傷があってもいいから良いものをきちんと選別しましょう、商品に載っている自分の名前に責任を持ってくださいと指導をして……そこが一番苦労したところでしょうね」

しかし、毎日のように顔を合わせる出品者と様々なやり取りをする中で、次第に道の駅が有意義な役割を持ち始めていると実感するようになっていきます。

岡﨑「出品者の人から知り合いや仲間が増えたとか、新しいお友達と道の駅で井戸端会議をするんだよみたいな話を聞くことが増えて。道の駅が大切な交流の場になっているんだ、とすごく嬉しくてね。そういう、人の生きがいを少しでも豊かに出来るのが道の駅かなという思いはあります」

彼杵の荘がスタートしておよそ20年。岡﨑さんは、一に社員、二に出品者、三にお客さんを大切にしようという『三方よし』の信念を貫き続け、スタッフの皆さんにも考えを伝えてきました。

岡﨑「私は、社員が自分のやりがいを持って仕事をすれば、お客さんや出品者に対して良い対応が出来ると思っとる。だからこそ社員が一番満足して働ける環境を作り続けようと動いてきました。そして仕事上いろんな人と関わるけれども、その人たちが困るようなことはしたらいかん、その人たちが喜んで『また彼杵の荘に行きたい』って感じてくれるような接し方をしてほしいと伝えています。社員の皆がそれを実践してくれるおかげで、ずーっと良くなってきたとよ」

観音様と平五郎どんに見守られて
彼杵の荘のそばにある県史跡『ひさご塚古墳』

東彼杵町では人口が減少の一途をたどっており、高齢化も広がっています。定年退職をしたものの体力の限り次の仕事を探したいという町民や、なかなか収入が上がらないと困っている町民のために彼杵の荘の力を貸せないかと模索を続けているそう。

岡﨑「特に気にかけているのは東彼杵の漁師。働く人が減っていることもあるし、収入が思うようにならないと聞いていて。だから漁協に引き取ってもらえないものを買い取って道の駅で売ることで、収入に繋げてもらうとか。それに漁師やその奥さんは魚のさばき方や加工技術のレベルがものすごく高いけん、うちで加工所を作ってスキルを活かしてもらえたらとかね。“地域に関わる人たち”を増やして、その人たちがさらに豊かになれる仕組みを作れたら、もっと良か町になると思ってます」

彼杵の荘では、2022年に新たな観音像が建てられました。彼杵の荘が建っている場所は元々無縁仏が眠っているところでもありましたが、そこを改めて供養し直し、仏様と共に町の人を見守ってもらおうと観音像を作ることに決めたのです。観音様にはたくさんの人に少しでも豊かさが訪れるようにという思いが込められているとか。

岡﨑「本当に東彼杵を住みやすい町、住んで良かったと思える町にするには、まずは個人の収入が上がって、物心両面で豊かになることが大事やなって。そこで道の駅で何ができるかと考えて、動き出すきっかけになればと観音様を建てて、そこから始めていこうって思ったと」

また、彼杵の荘では前から腰・膝・踝の神様『平五郎どん』がまつられています。長年にわたり親しまれていた神様でしたが、ある時から霊所が荒れてしまい人々から避けられていたところを清め、15年ほど前に供養し直したとのこと。

岡﨑「この他にも、木の根っこが巻き付いて掘り起こしきれなかった仏様もいて。そういう仏様も含めてこの辺りは全部供養しました」

そして2022年3月には長い間行われていた工事が終わり、新築された建物の中には観光協会による情報コーナーが設けられることになっています。

岡﨑「道の駅からも東彼杵の情報を発信していくけん、もっと色々なことが動きやすくなってくると思う。工事が終わって、観音様も建てて……やけん今年が彼杵の荘の新しいスタートの年よ」

“東彼杵に行くならここは外せない”と言えるほどの観光スポットであり、地元住民にとっても生活の一部となっている『道の駅 彼杵の荘』。観音様のやさしい眼差しに包まれながら、町の活気を担う大きな存在としてこれからも進化を続けていきます。

ひとの記事に関しまして、以下をご覧ください。

店 名
道の駅 彼杵の荘(そのぎのしょう)
所在地
長崎県東彼杵郡東彼杵町彼杵宿郷747-2
営業時間
物産館
7:00~18:00
食堂棟
9:00~17:00(食事は11:00~15:00)
体験施設、博物館・美術館
9:00~17:00

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休業日
12月31日~1月3日

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