
■ 町や建物を知ることから始まった3日間
2025年12月5日。東彼杵町で、記憶と未来をつなぐ“小さな種火”が灯るまで。
女子美術大学の学生の皆さんが初めて東彼杵町を訪れてくれました。今回のフィールドワークは、これまで助教の西尾さん・鈴木さんが現地視察を重ねてきたプロジェクトの、学生さんにとっての“初の現地入り”。そのスタートは、まず何よりも「旧森酒店の今の姿を知ってもらうこと」でした。

東彼杵町の集落・千綿宿郷の奥まった場所にひっそり佇む旧森酒店。到着し建物の前に立った途端、学生さんたちは静かに、長く深く、この場の空気に目を凝らしていました。「ここでどんな暮らしがあったんだろう…」そんなつぶやきが自然とこぼれ、建物の“記憶の厚み”を受け取ってくれたのが伝わってきました。内部を案内し現状を把握してもらった後、学生さんたちと一緒に、プロジェクトに関わる町の全体像を知るためのフィールドワークへと出発しました。

■ 全体像を理解するために、あえて“建物の外側”から巡る
sorrisoriso → 道の駅 → 歴史資料館 → 茶畑→溜池

最初に向かったのは、地域拠点として再生が進むsorrisoriso千綿第三瀬戸米倉庫。ここでは、空き家だった倉庫が新たな活動の場になり、人が集い、町が少しずつ変わっていくプロセスを目の当たりにしてもらいました。続いて、地域の人も観光客も集まる道の駅彼杵の荘へ。

東彼杵町の“今のにぎわいの中心”を感じてもらうことで、旧森酒店が建っている場所とのコントラスト──すなわち「かつての宿場のにぎわいと、今の町の重心の違い」を理解する手がかりになったようでした。その後訪れた東彼杵町歴史民族資料館では、東彼杵町のこれまでの営みや文化を、資料や写真、展示物とともに辿りました。学生さんたちは特に昔の町並みや暮らしの写真に興味を持ち、展示を細かく見ていました。そして展示を見終えたころ、学生さんの方から、「旧森酒店の昔の写真ってどこかに残っていますか?」と尋ねてくれました。建物そのものだけでなく、そこにあった“生活”や“時間”まで知りたい。その気持ちがとても嬉しく、その後の作業時間にも影響を与えた印象があります。

資料館を後にし、向かったのが町を象徴する茶畑エリアです。東彼杵町を象徴する景色といえば、やはり 茶畑越しに広がる大村湾 です。冬の光に照らされる茶畑越しに広がる大村湾。

学生さんたちは、ただ風景を見るだけでなく、自分なりの視点で風景を切り取ろうとしていました。写メを撮ったり、茶畑越しに映る大村湾の“色の変化”を何枚も記録したり、「自分たちが風景の中でどう構図に収まるか」を試しながら撮影している姿もありました。東彼杵の風景が、彼女たちの中に“自分の視点”として刻まれていく様子が、とても印象的でした。

■ そして山手へ──くじらの町が生んだ“溜池の記憶”
茶畑をあとにした学生たちは、山手へと向かいました。次に訪れたのは、東彼杵が “くじらの町” として栄えた時代、その収益によって築かれた溜池です。この溜池は、江戸から明治にかけて繰り返し起こった水害を防ぎ、村を守り、農業を発展させるために作られたものです。

つまり、海で捕れたくじらが、海を越えて“山の農業”を支えていたのです。くじら文化は単なる漁業の歴史ではなく、この町のインフラ、暮らし、産業、そして未来にまでつながる“源資源”になっていました。学生たちは、静かに水面を見つめながら、「海と山って、こんなふうにひとつにつながっていたんだ」「くじらが農業を支えるって、想像もしなかった」と驚きながら、その縁の深さに耳を傾けていました。溜池のほとりで感じた“水の重み”は、単なる知識ではなく、土地に触れて初めて身体で理解できる学びとなっていきました。

■ 工事の体験と、地域の人が覗きに来る時間
「何しよると?」その一言が、町が持つ“見守る文化”を浮かび上がらせた。2日目からは、1日目より実体験に近い旧森酒店の改修体験がスタートしました。大工さんに指導を受けながら、床材のシートを剥がしたり、畳の跡をフローリングマットで整えたり、店舗部分の壁や床の補修など、実際に手を動かして建物と向き合う時間が続きました。

すると想像を超えて普段は姿を見ない多くの地域の方が、学生さんたちの作業を“見に来る”のです。「学生さんね〜? 」「どっから来たとね〜?」「ここは昔、よう賑わっとったとよ」「角打ちで飲みよったもんねえ」「昔の千綿は、人の行き来が多くてね」「森酒店の“いちろうやん”(私の曽祖父、森一郎)は太っ腹で有名やった」「タコを持っていったら買ってくれよったけん、小遣い稼ぎになったとよ」さらに、昔の祇園祭やカラオケ大会の話に、子どもの頃の森少年のいたずら、地域の助け合いのことなど、記憶が連鎖するように語ってくれました。

学生さんたちは手を動かしながら、その言葉を受け取り、そのひとつひとつの話に耳を傾け、メモを取りながら、住民の言葉の奥に流れる“生活の温度”を感じ取ってくれていました。ここで、旧森酒店が単なる商店ではなく「地域の拠り所」だったという事実が、学生さんたちの中で自然に形を持ちはじめていきました。「建物の記憶って、こんなふうに周りから集まってくるんだ…」とつぶやいていたのが印象的でした。

■ 今の時代に、かつての役割をどう再解釈するか
学生さんの“ぽつり”から生まれた未来のヒント。今回の滞在で、学生さんたちの口から自然にこぼれた言葉があります。まだ企画として固まってはいないものの、どれも未来への小さな芽のような言葉でした。

・「ここで月に一度“酒屋の日”を再現したら楽しそう」
・「中長期の滞在型で、若い人が来やすいシェアハウスにできるかも」
・「昔のカラオケ大会とか祇園祭、復活できたら地域の人も喜びそう」
・「海の景観芸術プロジェクトの“海の舞台”と組み合わせたら、新しいイベントできるよね」
学生さんたちの素直な感性が、旧森酒店の未来を少しずつ照らし始めてくれているようでした。

■ 記憶と未来が交差する“小さな種火”として
千綿宿郷は、かつて旧長崎街道の宿場として栄え、人が行き交い、森酒店のような商店が日常の拠点となっていた場所です。今は人口構造や人の動き方も変わり、近隣の建物も旧森酒店も静かに時を重ねています。

しかしこの3日間、学生さんたちと地域の人たちの言葉が交差することで、旧森酒店に“小さな種火”のようなものが灯っていくのを感じました。古い記憶が、若い感性によって新しく息を吹き返す瞬間。建物が、ただ古いだけでなく“再び誰かの時間が流れる余白”になる予感。地域の人たちが「また来んばよ〜」と笑ってくれる、その関係のあたたかさ。そのすべてが、旧森酒店の未来を形づくる栄養になっていくように思います。

■ 来年1月、学生さんが再び来る
最終フィールドワークで、未来の旧森酒店像が立ち上がる。学生さんたちは、2026年1月14日~18日に再び東彼杵町へやってきます。現在、他地域の場づくりの事例研究や効果検証を学んでおり、「旧森酒店をどんな場に育てることができるか」「千綿宿郷というエリアをどう再編集して未来につなげるか」そのビジョンを発表したり最終仕上げをしに来てくれる予定です。

■ 終わりに──地域の協力で生まれた“学びの場”
このフィールドワークが実現したのは、受入れ準備を支えてくださったすべての関係者の皆様のおかげです。荷物出しや片付け、空間の整備を含め、皆様が惜しみなく力を貸してくださったおかげで、学生の皆さんにとって豊かな学びの場が生まれました。心より感謝申し上げます。

東彼杵町は、これからも若い感性を受け入れ、共に未来をつくる場として開かれ続けたいと願っています。今回の3日間で灯った“小さな種火”が、次の訪問でどんな形の炎へと育つのか。町の人たちとともに見守りながら、このプロジェクトを進めていきたいと思います。

下記、情報は空き家指定法人として活動している(一社)東彼杵ひとこともの公社・日々研究所での空き家プロジェクトに関わる地域おこし協力隊募集記事(募集終了)です。