湯気の立つまち、雲仙へ

湯気が、まちのあちこちから立ち上る。長崎県雲仙市・小浜温泉は、地面の奥から噴き出す熱とともに、人々の暮らしが営まれてきた土地です。道を歩けば、側溝や岩の隙間から白い湯気が立ちのぼり、温泉が特別なものではなく、日常の延長線にあることを教えてくれます。火山活動によって生まれた地形、豊富な温泉、そして橘湾へとひらけた海。そのすべてが折り重なり、雲仙ならではの時間の流れをつくっています。山と海が近く、自然の成り立ちが生活と直結している土地です。今回の長崎鶴亀屋・雲仙編の舞台となったのは、小浜温泉にある「蒸気家(じょうきや)」です。
蒸気家という場所

蒸気家は、温泉の蒸気を生かした蒸し窯を備え、宿泊と食、体験がひとつにつながった場所です。ここでは、温泉は入るものにとどまらず、調理にも、場づくりにも使われています。
今回長崎鶴亀屋・「半漁半泊(はんりょうはんぱく)」という企画で案内人を務めるのは、山下晃輝(やましたこうき)さんと花恋(かれん)さん夫妻。土地のこと、蒸気のこと、そして人のことを、知識としてではなく、暮らしの言葉として丁寧に手渡すように伝えてくれます。
半漁半泊という考え方
漁師さんの声を聞き、実際に漁へ出て体験し、その先にある食までを、自分の身体で受け取る二日間。
見る、聞く、味わうだけでなく、寒さや重さ、時間の流れまでも含めて体験することが、この企画の軸になっています。今回、企画の中心となったのは三者です。改めて、案内人として蒸気家の山下夫妻。

料理人の中心には、小浜温泉で料理と向き合うBAR LION Jの獅子島薫(ししじまかおる)さん。そして生産者として、小浜富津で定置網漁を営む福栄丸水産の若手漁師、関元翔(せきはると)さん。

それぞれの立場が交わることで、この時間は形づくられていきます。生産の現場から体験することで、料理には自然と奥行きが生まれます。雲仙の自然が織りなす環境があるからこそ、この体験型の宿泊は成立するのではないでしょうか。
前日から始まる理由

漁は朝が早いため、参加者は前日から雲仙を訪れ、蒸気家に宿泊します。それは、翌朝ただ船に乗るためではありません。雲仙の地形や成り立ち、火山活動が海へ与える影響。そうした背景を知り、頭だけでなく身体に落とし込んだうえで、海へ向かうための時間です。さっそく1日目は、橘湾の漁師さんによるトークセッションから始まります。
海を読むということ
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海は毎日同じ顔をしていないこと。魚を獲る前に、潮や風、季節の流れを読むこと。
雲仙の火山活動が生んだ地層や地形が、海の中にも影響を与えているという話。漁は、技術だけの仕事ではありません。土地と時間が重なり合い、長い年月をかけて育まれた感覚の仕事だという言葉が、静かに胸に残ります。

とくに印象的だったのは、昔の漁の話でした。魚探のような機械がなかった時代、漁師さんたちは山に登り、そこから海を見渡して魚を探していたと言います。海の色のわずかな変化、潮目に浮かぶ筋、太陽の光が反射する角度。山という高い場所から海を読むことで、魚の居場所を感じ取っていたそうです。山と海は切り離された存在ではなく、ひと続きの風景として捉えられていました。雲仙の地形を知ることが、そのまま漁につながっていた。
この土地で漁をするということの奥行きを、あらためて教えてくれる話でした。
体験の質を変える準備、そして冬の海へ

半漁半泊は、話を聞くところから始まります。翌日の漁を、ただの体験にしないための準備の時間です。
二日目の朝は早く、まだ暗いうちに港へ向かいます。冬場の海はとにかく寒く、風は容赦なく身体を冷やします。
それでも、前日に聞いた言葉があることで、見える景色が変わってきます。

潮の動き、船の揺れ、魚を引き上げる手の感触。その一つひとつに意味が宿っているように感じられます。凍えるような早朝の海に、当たり前のように毎日出ていく漁師さんの姿。その現実を前にすると、魚を食べられること自体への感謝が、自然と湧いてくる瞬間でした。
漁から料理へ

漁から戻ると、その日に獲れた魚を持ち帰り、調理が始まります。蒸気家の蒸気窯では、シンプルな蒸し料理がつくられます。素材そのものを引き出すための、最小限の調理。

一方で、鮮度が命の刺身も並びます。どの料理にも共通していたのは、獲った人の顔が浮かぶことでした。そして、魚は決して簡単に獲れるものではなく、毎日海へ出る漁師さんの営みの先にあるという事実でした。料理人である獅子島さんは、漁へ出て気持ちの変化があったそう。「これまでも、命へ感謝の気持ちはあったけど漁を体験してから捌く魚の命の重みをより感じるようになった」と話します。

また案内人である山下さんも「現場に出ると、魚だけじゃなくて、生きるために魚を獲りにやってくる鷹やウミネコがいて、鷹は一見強そうに見えるが、意外と海ではウミネコが強かったり。ドラマがあるなと感じた。」と言います。漁に出なければ感じることのできなかった体験は、命が命を支え合う現場そのものを知る時間となり、その後の料理と食事に、確かな深みを与えてくれました。
温泉がつなぐ時間

蒸気家のもうひとつの大きな強みは、温泉です。冷え切った身体で港から戻り、温泉に身を沈めます。芯まで冷えた体が、ゆっくりとほどけていく感覚。言葉にするのが難しいほど、深く、やさしい時間です。調理には温泉水を使うこともできます。そして、そのあとに始まる調理は、身体も心も整った状態で向き合うことができます。蒸気家だからこそできるのは、漁と料理のあいだに、温泉という余白の時間を挟むこと。その余白があるからこそ、体験は急がされることなく、食卓へと穏やかに運ばれていきます。
食卓で完結する体験

今度は調理した魚を囲みながら漁の話をする。どこで獲れた魚なのか。どんな朝だったのか。海の様子はどうだったのか。そのすべてが、料理の味と一緒に身体に入ってきます。半漁半泊は、ただ単に漁を見せる企画ではありません。料理を披露する場でもありません。海と土地、人の営みを、自分の時間として受け取るための二日間です。
雲仙という場所だからこそ生まれる、この距離感。湯気の立つまちで、海の話を聞き、海へ出て、湯に浸かり、食べる。その積み重ねが、食の本質的な手触りを、そっと教えてくれました。