
冊子は完成してから、静かに物語を続けていた
完成した一冊の観光冊子は、印刷所から届いたその瞬間に役目を終える。そんなふうに思われがちです。けれど、東彼杵町の観光冊子「茶鯨」は、どうやら違っていたようです。静かに世に出たそのあとも、冊子は町の中で、そして町の外で、ゆっくりと物語を続けていました。
思いがけず届いた、優秀賞受賞の知らせ

ある日、役場から一本の連絡が届きます。ちょうど冊子が町に馴染み始めた頃、地域プロモーションアワード・地域活性化センターの「ふるさとパンフレット大賞」にエントリーされていた「茶鯨」が、2025年の優秀賞を受賞したという連絡です。

誰もが予想していたわけではなく、むしろ「まさか」という驚きが先に立ちました。けれど、その驚きはすぐに喜びへと変わり、たずさわったみなさんは大きく声を上げるというよりも、「あの冊子が」という小さな誇らしさが、じんわりと共有されていったようでした。
町の表情を探した時間
振り返れば、冊子づくりの道のりは決して短いものではありませんでした。ページの中に収める風景をどう切り取るかを考えながら、ロケハンは2日にわたって行われました。時間帯によって表情を変える町の光を確かめ、どの場所でどんな空気が立ち上がるのかを丁寧に見極めていきます。

なかでも印象的だったのは、一瞬で沈む夕日が最も美しく見えるタイミングに合わせて撮影を行った場面です。ほんのわずかな時間を逃さないように準備を整え、光が差し込む瞬間を静かに待つ。その時間はどこか緊張感を帯びながらも、同時に穏やかな期待に満ちていました。「当日の天気がどうか晴れてくれますように」、と誰もが心のどこかで願っていたことも、今となっては懐かしい記憶です。そして、その夕日を収めた瞬間をもって、長丁場の撮影は静かに幕を下ろしました。そうした準備や長時間の撮影にも関わらず最後までパワフルな笑顔で過ごしてくださった町の方々があったからこそ、冊子の中に流れるやわらかな光や空気感が生まれたのかもしれません。裏側にあった静かな時間までもが、今ではこの冊子を形づくる大切な一部のように感じられます。
町の人の手で広がっていった一冊

冊子が完成したあと、町には小さな変化が起こり始めました。その象徴的な出来事のひとつが、モデルとして登場してくださったお母さんの行動です。出来上がった冊子を手に取ると、ご自身で知人や来訪者に「これ、うちの町の冊子なんです」と紹介して回ってくださったのだとか。頼まれたわけでも、役割として決められていたわけでもありません。ただ純粋に、町のことが詰まった一冊を誰かに見せたくなった。その自然な広がり方こそが、「茶鯨」が町の人のものになった瞬間だったのかもしれません。
「茶鯨」という名前に込めた町の願い

「茶鯨」という名前には、東彼杵町らしい願いが込められています。町はお茶の産地として知られ、同時にくじら文化とも縁の深い土地です。お茶の世界では、茶柱が立つと縁起がいいといわれます。そこに、雄大なくじらのイメージを重ね合わせ、「茶鯨」という名前が生まれました。縁起のよさと、町の歴史や文化がひとつの言葉の中で静かに出会っているようでもあります。名前を口にするとき、どこかほっとする響きがあるのは、そのためなのかもしれません。
小さな町の物語が、都会を旅する

茶柱ユーイッチ(ダテユウイチ)と茶柱兄弟どんぐり味(おがわなゆゆた(仮))の兄弟ユニットによる東そのぎ町勝手に広報大使。縁起が良いとされる茶柱をダイナミックに立て、東そのぎ町の広報のため東奔西走(西は大村湾なので走っていくと水没しちゃう)。やるからには楽しくやる。ピースなおもろい世界を東そのぎから!
優秀賞受賞の知らせをきっかけに、「茶鯨」は町の外へも静かに旅を始めています。都営大江戸線のビジョンでも紹介される予定だと聞けば、町の日常の延長線上にあった一冊が、思いもよらない場所で誰かの目に留まる光景が浮かび上がります。東彼杵町という小さな町の物語が、都会の地下鉄の中でふと目に留まる。そう想像すると、冊子がまるで旅をしているようにも思えてきます。町で生まれた一冊が、人の手から人の手へと渡りながら、少しずつ行き先を広げていく。その静かな広がりは決して大げさなものではなく、むしろ冊子が持つ本来の役割そのもののようにも感じられます。
冊子が町の記憶になっていくまで

もちろん、受賞や紹介といった出来事だけが、この冊子の価値を決めるわけではありません。むしろ大切なのは、町の人たちがそれぞれの場所でこの冊子を受け取り、自分なりの関わり方を見つけていったことにあります。撮影の日の記憶、ページをめくったときの会話、手渡しの瞬間の笑顔。そうした積み重ねが、「茶鯨」という冊子を単なる印刷物ではなく、町の記憶の一部へと変えていったのでしょう。
アフターストーリーはいまも続いている

冊子づくりの物語は、完成とともに一区切りを迎えました。しかし実際には、そのあともゆるやかに続いています。受賞の知らせに驚いた日も、長い撮影を思い出して笑った日も、そして誰かがそっと冊子を差し出した日も、すべてがアフターストーリーのいち場面です。「茶鯨」はいまも、どこかで静かにページをめくられていることでしょう。町の空気や人の気配をたたえたまま、次の誰かの手へと渡っていく。その姿はまるで、東彼杵町という場所そのものが、やさしく紹介され続けているかのようです。完成して終わるのではなく、完成してからも育ち続ける。そんな冊子の歩みは、これからも町の時間とともに、ゆっくりと続いていくのだと思います。
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