独自のスタイルで”オンリーワン”のお茶作りを。 東彼杵きっての”発酵茶人”・東坂幸一さん(東坂茶園代表)

滋味深い緑茶から、微発酵の白茶や半発酵の烏龍茶、紅茶まで。希少価値が高く、高品質のお茶を幅広く生産している『発酵茶人(はっこうちゃじん)』が東彼杵町の地で活動している。『東坂茶園』の3代目、東坂幸一さんだ。話を聞くと、お茶農家として稀有な存在であり、独創性の高さに驚かされる。国産の発酵茶をつくる過程において、美しいお茶の物語がそこにはあった。

きっかけは、「サーフィンがしたいから」。波乗り人が、発酵茶人になるまで

代々に渡って、お茶農家をやってきた。就農したのは24歳のときから。それまでは、あまりにも身近すぎて継ぐつもりなんて考えてはいなかった。

東坂「やる、やらないという話にすらならなかった。とにかく自分のやりたいことをするっていうことで。やりたい趣味というのはサーフィン。高校の同級生に島原の方で一緒にやろうと誘われて、島原の波が良い感じになるぐらいを狙って毎回東彼杵の実家から1時間半くらいかけて通っていました。仕事は、酒屋で社員として勤めながら。お酒に興味はなく、メインがサーフィンだったから、都合のつきやすい仕事を探していたら酒屋に就職していました」

そんな暮らしから、どうして茶農家をやろうと思ったのだろうか。

東坂「サーフィンは、いつ良い波が上がるかわからない。そしたら、仕事をサボるわけにはいかないが、サボらないと行けません(笑)。でも、普通の会社員は仕事をサボったらクビになりますよね。不真面目な動機だけど、ここのお茶農家を継いだのは、サーフィンしたかったからです。自分の自由度が一番高かったから。忙しい時期でも計画立てて仕事をすれば、調整の空きができます。2日間、3日間くらいのスパンでひとつの仕事を調整できるので、ラインを前にずらしたり後にずらしたりできるのが、自分のライフスタイルと合っていました。とにかく、良い波が立ったらすぐにでも行ける状況を作りたかった。20代の頃は、朝までお茶を揉んで、そのままサーフィンに行っていた。徹夜のまま。それで、帰ってきてからまたお茶を揉むっていう。今は流石にできないけどね(笑)」

茶農家として働き始めた当初は、全く知識がなかった。

東坂「最初は、どんなお茶が良いのか悪いのかすらわからない。それで、意外と真面目な性格だから(笑)、自分で初めて作ったお茶を知り合いのお茶屋に持っていきました。すると、そこのお茶屋が『これは昔の作りのお茶だ』と言われて」

昔は、形状がカリッとした硬いお茶が一般的だったが、今は深蒸しという技術で色鮮やかな水の色が出るお茶が主流だ。それを作るにはどうすれば良いのか、機械メーカーの話を聞きながら、取り入れていった。

東坂「深蒸しのお茶も作りたい。それであれば、この機械だとダメだとか、合っていないとか。適合性を指摘されて、一台一台機械の導入をしていきました。一台あたり100〜800万円。それまで会社員だったので、設備投資の額の相場など、業界のお金の価値の付け方がよくわからず、設備投資もどこまでやってどう返却していけば良いのか、そういう計画性もまだありませんでした。壊れたら直すというのをずっと続けてきました」

しかし、30年を共にした製茶機が、ガタつきを見せ始めるようになる。

東坂「本当は、その時に今の設備にするタイミングでもあったんですが、その頃に作っていたお茶がめちゃくちゃ美味しかったので『この機械ともう少し、やれる限りやろう』という方向で走り続けました。男の浪漫とでも言いますか(笑)」

そろそろ限界も近いと思っていると、3年前の製茶中に中揉機が有り得ない高速回転を起こし、ついに完全に壊れてしまう。そこで、改めて設備を更新しようと決意た。

東坂「父の代から昭和50年代に製茶機を更新して40年が経過していました。ここで、思い切って自分の代でお茶を新たに変えていかないといけない。型遅れでガタがある機械で作り続けていても、品質が良くなることはなく、人気が出ることはないという想いがありました。昔ながらの浅蒸しのお茶も、良いものは良いという評価ではあるんです。ただ、主流じゃないから扱いにくい。例えば、人気のジャンルのお茶と比べても、浅蒸しのお茶は品質は良いけど販路がない。なので、人気のあるお茶も作り方を学び、どちらも作れるようにしました」

高い設備投資をしてでも、今の時代にちゃんとあったお茶を作りたい。その一心で、今までやってきた。

そのぎ茶の発酵茶人が語るこだわりのお茶作り

東坂「『つゆひかり』という静岡の品種を使っています。平成22年に定殖しました。この品種を植えた理由は、他の茶園の方にこれから先伸びる品種は何かと尋ねると、当品種が挙がったから。探してみると、静岡の特例品種で伸び率が高く、これから先人気が出るお茶として期待値が高いということで購入しました」

つゆひかりの苗木は、現在では静岡県が県外に卸さなくなり、あんまり出回っていない貴重な品種なのだそうだ。

東坂「これまで、自分のところは薮北一品種のみでした。お茶の王様と言われる品種だったので別に問題はなかったのですが、茶摘みの早い品種から遅い品種まで製造期間を長めにとりたかった。一種類しか品種がないと、適期が重なり摘み時を逃しかねないです。早い品種も、遅い品種も持っていれば、一週間の製茶期間が約20日間まで延ばせることができるので、そっちの方が良いと思いました」

そこから、品種を徐々に増やしていった。その頃には、お茶農家としてのやりがいも出てきて、技術も板についてきた。

東坂「やっぱり、美味しいって言われるのと、市場での評価がよかったら気持ちが良い。そしたら、またそれが継続してやろうと思う力になるので」

良い品種を手に入れ、設備も整えた。ならば、美味しいお茶を育てる対策も必要だ。昨今の温暖化や気候変動についても考えがある。

東坂「温暖化対策としては、”雑草を生やすこと”です。草を生やせば、保湿性が上がるので地面は乾きにくい。草がないところは全部乾いているでしょ。そしたら、地温が上がり温度上昇に繋がります。砂漠と一緒です。だから、私は除草剤を撒きません。草をある程度生やし、ある程度になったら刈り取って。それが、緑肥となって土の中で微生物が増えるので。”循環型”を基本理念として、草木を生やすのは大切なことだと思っています」

生やすのを止めず。伸びた草は肥料とする。色んな植物が集まると、色んな害虫も集まり、害虫の天敵の生き物も集まる。そうすると、農薬をかける回数も減っていく。

東坂「自然の循環をコントロールするのが大事だと思っています。自然の力を借り、その分石油資源を減らす生活が環境にとって理想ですよね。一般の機械製茶の場合は、重油やプロパンを使わざるを得ないので何とも言えないですが、”クラフトティー”では使わないんですよ。なので、そういう意味でもクラフトティーのシェアを徐々に広げて、薪などを使った別のやり方で製茶をする試みも広げていく。そうすると、これまでのやり方からシフトせざるを得なくなった時でも、柔軟に対応できるのかなと思います」

手塩にかけて育て、加工した”自分のお茶”。品評会に出して、人から評価されたいと思うのは当然のことだ。だが、東坂さんの考えは、違うベクトルにある。

東坂「品評会はあまり私の好みではなく、今は参加していません。ナンバーワンではなく、オンリーワンの個性を重視し、それが突き抜けた感じで世の中に出回らないと行けないと考えます。良い評価を得られるお茶を作るには、多肥料が基本で、虫にやられないように農薬もかけます。そうすると、私が先に言った環境問題に対しての考えと相反している部分が出てくるので。逆に、自分の特徴を生かすために”突き抜けていく姿勢”で目立つことを重視しています。『そのぎ茶』という看板も、もちろん背負っているのですが、東坂茶園としての個性を全国的にもっと出していきたい」

西海市のフルーツ農家との出会いで奇跡のコラボ『天然フレーバーティー』

現在、新たな試みとして柑橘系のピールを用いた天然由来のフレーバーティーを販売している。長崎県佐世保市や西海市でミカンやネロリなどの果樹園を営む農家、山辺吉伸さんと一緒に試行錯誤を繰り返して完成させた奇跡のコラボティーだ。

東坂「『おちゃらか』という日本橋人形町のお茶屋があり、そこのオーナーであるステファンからの紹介がきっかけです。柑橘系の紅茶をやってみなよと勧められて。それまで、フレーバーティーにはあまり興味がなかった。精油で、お茶に香りを垂らすタイプが主流だったのですが、自分はそれが邪道のように感じていて。作るなら、天然由来のものでそのまま出したかった。そこで、紹介していただいた山辺さんは無農薬で柑橘栽培をやられていて、この人とならできるかもと思いました」

製品開発で2017年から一緒に考え始め、1年間試行錯誤を繰り返した。“どうしたら、一番香りが保てるのか”。ブレンド具合、柑橘系の皮の乾燥具合、さまざまな条件を調べ上げた。

「これが、壱岐産のユズと山辺さんの農園のダイダイ、そして紅茶を掛け合わせた柑橘系紅茶です」。袋を開けた途端に、爽やかな匂いが辺り一面に香る。入っているピールによって、匂いが全く異なる。

東坂「他にも、伊予柑、レモン、みかんといったピールや、みかんの果実など。果実は、甘味となってこれも良い味のアクセントになります。この香りと味が出せるまで難しかったです。皮には油胞(ゆほう)と呼ばれるものが中に入っています。油胞を切ってしまうと、油がなくなって香りがしなくなる。この油胞を切らないくらいの厚みで、さらに中の白綿は苦味になるので入らないように」

削り過ぎず、残し過ぎず。ちょうど良い塩梅で削る作業が大変だった。

東坂「山辺さんには、本当にお世話になりました。嫌われても良い覚悟で、何回も作り直してもらって。真剣に向き合いました。山辺さんと議論して、削ってもらい、その後の日の当て方もこだわって。どのくらい日射時間を設けたら香りのピークに到達するのか、かなりの時間を要しました。完成し、前例がわかれば、壱岐のゆず生産組合の方にも同じようなお願いをして」

それが第一段階。ピールが完成してから、紅茶とのブレンドをどうするかが第二段階となる。

東坂「紅茶も、フローラル系の品種か、ベリー系の品種か。ブルーベリーやいちごの系統の香りを放つ品種です。どちらを使おうかと比べてみて。すると、ベリー系の方が柑橘ピールに合うということで、そこでブレンド。調整して、何対何が一番ベストなのかというのを細かくすり合わせしながら。ある程度のすり合わせは大事です。イメージの到達点が必ずどこかにあるんで、そこまで持っていきます」

好きじゃないとできない大変な作業だ。だが、幸一さんは「到達点があるから、自分たちはやりがいを持ってできる」と答える。

東坂「完成にはある程度の幅があるものですが、”そこから先、どこまで行くか”ということです。大体このくらいだろうと妥協される方が多いのですが、そこから先の突き抜けた空間があるだろうなと思ってそこまで行くんですよね。ですが、万人にウケるのは大体の幅ですよ。そのくらいの振り幅がないと、キツキツをずっと攻めていたら自分もいっぱいいっぱいになるんで」

究極の一杯を求めて突き進む様は、プロフェッショナルそのものだ。

東坂「みなさんが通る、あるいは通ってきた道だと思いますよ。異業種の人たち皆さんに言えることです。ちゃんとした仕事をするには、突き詰め、調整をして一個一個の仕事をクリアしていくという作業を繰り返すことが必要です。だからこそ、何か新しいことをやるときは、同業種よりも異業種の方との方が組みやすいですね。お互いに発見があるし、別にプロフェッショナルの方とでなくても、互いが成長できるはずです」

お茶作りは”遊び”である。
楽しむからこそ、良い仕事ができる

『そのぎ茶』の町、東彼杵町でお茶を作る魅力を聞いてみた。

東坂「東彼杵町で生まれてずっとこの地で暮らしてきたので、特別な感じはなく、日頃の光景としか感じられないです(笑)。でも、強いて言うなら”距離感”ですかね。家同士が離れ、近所が離れているのが魅力だと思います。あとは、”涼しい”こと。この地は暑苦しくなくて、心地よい。この辺りは、標高が少し高く、植物にも囲まれているので暑くてもモワッとくる熱気は感じません。人口減少は、時代の流れから当たり前の話なのですが、オンラインで繋がれる今の時代に商売をやるにあたって困ることもないですね」

最後に、この質問をぶつけてみる。”東坂さんにとってのお茶”とは?

東坂「それは言われん」

一同笑。

東坂「最後、そういう質問で締め括られがちなんですが(笑)。まあ……”遊び”ですよね。お茶作りは楽しい。楽しくないとやりたくないでしょ。それなら、しない方がマシです。キツいだけの仕事なんてやらない方が良い。人生遊んでナンボ、楽しんでナンボです(笑)」

30歳を過ぎて、お茶を真面目に取り組むようになって、好きだったサーフィンとの優先順位が変わった。

東坂「お茶がメインになり、サーフィンはちょっと時間が空いた時にいければ良いかなという具合に。そうなったときに、海から遠ざかってしまって。でも、危ないこと。スリルのある、ワクワクするようなことが好きだからBMXといったアクションスポーツを始め、魅力を感じています(笑)」

楽しいを仕事にする。趣味にも時間を使って人生を豊かに、とても清々しいライフスタイルを送る東坂さん。そんな氏が、自らお茶を丁寧に淹れてお茶の魅力を表現する。豊かだからこそ、お客へ届くのだ。

お茶を一口飲んでみる。洗練された味や香りが美味いと五感を刺激する。頭の中に、東彼杵町の自然豊かな風景が広がっていく。土地の味わいを大切にした、美しいお茶づくりがそこにあった。

みせについての詳細は以下の記事をご覧ください。

みせ:お茶作りを体験し、味わえる『東坂茶園』

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記事:東 孔明
取材:東 孔明
写真:小玉 大介

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