“クラフトティー”の魅力を、そのぎ茶から伝える。 お茶作りを体験し、味わえる『東坂茶園』

文・編集

写真

長崎県の東彼杵町にある坂本郷。佐賀県嬉野市にも隣接する当郷は昔からお茶作りが代々受け継がれている肥沃な地区であり、そこで生活を営む人々は自然へ畏怖を念を抱き、慎ましやかな生活を送ってきた。郷を代表する茶園のひとつ、『東坂茶園』は3代目となる東坂幸一さんが、小規模であることを活かして土壌や環境に合わせる個性際立つお茶作りを試みている。そこで生み出される蒸し製玉緑茶やほうじ茶、発酵茶作りには品種の違いを楽しめるということで定評がある。そんな東坂茶園は、工場を一新させて新たな試みを展開していく。「まだまだ、計画途中です」と話す東坂さんから、その構想の一部を聞かせてもらった。

悩んだ末の設備投資。
新工場の設立でスタートを切る

東坂茶園の新しい茶工場は、2021年に完成を迎えた。

東坂「15年かかりました。その間、既存の機械を大事に使いながら、メンテナンスもしっかり行なって。ですが、処理能力という意味では、これまでの機械では0.5人前といったところ。ライン構成も、標準の半分の処理能力しかなく、いわば半人前です。この状態のままだと、生産量は半分。ということは、売り上げも半分になるということです。ですが、新しい設備投資には3000~5000万ほどかかります。それを返済する能力などを天秤にかけた時、初めは怖くてできませんでした。なので、そこに到達するまでに15年かけて地盤を固め、悩みつつ決意しました。」

決意に至ったきっかけは、体力面だという。

東坂「40歳を過ぎ、自分の限界というのはこれから上がることはなく、下がる一方です。そうであるなら、自分の体力は半分くらいになってもできる製茶方法を考えました。継続してお茶を続けるなら、後り20年は茶農家をすることになる。60歳まで絶対続けると考えたら、今しかないなと。そして、ライン工程が0.5だったのを1にする設備投資を行いました」

設備投資をする上で、今後の展開も考えている。

東坂「目先の事業計画としては、茶工場の二階に事務所と試飲・接客スペースを設けようと思っています。そこだったら、工場の中を安全に見学できるので。機械が稼働している時は、中に入れない。でも、一般の人でも上から工場の中を見学することができます。工場に立ち込める香りを嗅ぎながら、試飲もできる魅力的な空間が作れたらと思っています」

工場見学も含め、イベント活動にも力を入れていくつもりだ。

東坂「前提として、コロナウイルスの猛威が収まればの話なんですが。今までは、実家の中で接客をやっていましたが、家の中は年寄りもいるし感染が恐いです。なので、そういうことも踏まえて茶工場の二階を作る予定です。お客さんをたくさん、この場所に呼びたい。この場所は、西から東の偏西風がずっと流れているので、いるだけでお茶の香りがいつでも漂ってきます。あとは”手摘み”。量産するには機械でやる製茶が一般的だと思いますが、”クラフトティー”という手作りのお茶を考えています。その製茶法だと一般の方でもできるので。機械での製茶は、職人の技という部分も多く、一般の人は関わることはできません。ですが、クラフトティーだったら、一般のお茶が全くわからないという人がやっても出来ます」

発想の転換で価値を高める。
緑茶だけでない、“クラフトティー”とは

“クラフト”の可能性は、多分に期待を持てる。『クラフトコーラ』や『クラフトコーヒー』など、巷では“クラフトブーム”が各地で起きていからだ。

東坂「大規模な事業というのはできないけど、お茶を作ってみたいという人は潜在的にいっぱいいて、そういう人が体験できる茶園というのを10年くらい前から構想しています。そして、徐々に経験を積み重ねて。現在、ボランティアとして午前中はお茶を摘み、午後から手摘みした茶葉を手作りのお茶にするということをやっています。入れ替わり、立ち替わりでいろんな人が来てくれます」

とにかく体験したい人が多数を占める中、真面目に取り組んでみたいという人もいて、その人たちを中心にファンがついてくる。そうして、いろんな人がこの地へやってくるという構図が成り立とうとしている。

東坂「県外からも様々な地域から来てくれるのですが、残念ながらここには宿泊場所がありません。なので、近くの空き家を活用した民泊事業も考えていて、お茶摘みをしに来た人たちが泊まれる環境も作りたい。茶農家体験が、本格的に味わえる場所作り。頭の中では構想できていても、まだ手をつけられない段階です。ボランティアの方達からは、早く手をつけてくれと言われているんですが(笑)」

クラフトティーリズムが本格的にできると面白い。実際のクラフトティーの現状も伺ってみる。

東坂「販売しているのは、5グラムで1000円。クラフトティーは2グラム(1杯分)500円がベースです。なので、2杯分として販売しています。機械摘みの製茶は、100グラム1000円くらいですが、それとは別物ですね。考え方や方向性が量産型とは全然異なる考え方です」

ひとりで手摘みを目一杯頑張っても1日2キロだという。2キロを商品とするために生茶を乾燥した場合、400グラムしかできない。商業ベースでは考えられないのだ。

東坂「これが手摘みの白茶。発酵茶は製造過程が複雑です。圧力(プレッシャー)をかけて表面に見えにくい傷をつけて酸化発酵を促すことで、緑茶の香りから酸化発酵した香りへと変化させます。その香りの変わり模様をみんな楽しむ。白茶は透明度が大事で、一切圧力をかけずにゆっくりと萎凋させていきます。そのためには、一枚一枚綺麗に重ならないように茶葉を並べていく必要があります。なぜか。例えば、洗濯物を干す時に、それぞれ重なっていたらそこだけ乾かないでしょ。だから、綺麗に並べて均一に乾燥させます。そうしないと透明度の高い香りが上がってきません」

現在、クラフトティー作りを事業化している茶園はほとんどない。

東坂「これからでしょうね。いま、クラフトティーに関しては、美しいお茶を作りたいというのがあって。自分のところも、卸しているのはレストランだけです。コース料理の”ペアリング”として組み込んでもらっています。定期的に注文が入るので、一回の注文額は大きく、また、レストランで年間に使う量もわかるため、生産量の目安もつけやすい。クラフトティーといえど、遊びでやってそれが失敗したら何にもなりません。自分の費用対効果を考え、時間は対価としてちゃんとお金に変えないといけないので。そう考えると、製茶については尚更失敗できないですよね」

繊細ゆえに、料理のペアリングとしてこだわりの一杯が提供される。微妙な変化を出せるクラフトティーだからこそ、この料理が逆に出せると言ってくれるお店も多い。

東坂「何でも作ってみたいんですよ。お茶摘みは、4月から11月にかけて出来るんですが、緑茶業界では一番茶が一番単価が高い。それで、二番茶、三番茶、秋冬番茶となるにつれて単価が下がっていきます。この下がり方は、おかしいのではないか。自分は、適正ではないと感じます」

お茶を摘める期間、全部を収穫して全部売り物になるような形を作りたい。その一心で試行錯誤を繰り返し、実現させた。

東坂「私が作るお茶は、一番茶も、秋冬番茶も単価はあまり変わらない。寧ろ、秋冬番の方が単価が高いものもあります。すべての茶葉にこだわりを持って、それぞれ異なった製茶を行っているので、慣習で安くするということはしていません。作り手にとったら全ての茶葉が平等で、一緒の手間暇をかけて作っているので。四季の旬に合ったお茶を作れたらよくて、全部を緑茶にするからいけないのだと思います」

一番茶は緑茶として、旨味、香りを際立たせる緑茶を作れば良い。二番茶は梅雨時期だから、湿度・気温も高くて発酵が進みやすいため、紅茶、いわゆる発酵茶に向いている。そうして、茶葉ごとに適したお茶へと作り変えている。

東坂「そして、私は夏茶は摘みません。暑すぎる時季なので、お茶の木自体も刈り取られることが体力消耗に繋がります。そこで、夏場はなるべく茂らせて緑豊かにして、体力を温存させる。そして、晩秋の候10月くらいに秋冬番茶を摘むのですが、その頃は、お茶の木は冬の寒さから身を守るために養分を体内に蓄え始めるんですね。摘んで製茶した時にキャラメルのような香味になるので、ほうじ茶に向いてるんです」

年間ベースで考えると、売り上げの3分の1はほうじ茶だという。思考と手法を転換したからこそ成せる結果だ。

東坂「そう考えると、どの茶葉でも年間を通して通用するお茶となり得ます。すると、年間雇用だって考えていけます。機械摘みのお茶農家は、5月頃の八十八夜がピークです。そうではなくて、年間通してバランスよく稼働できるように。そっちの方が、結果的に負担が少ないんですよね。短期間で自分を追い込むというのはハイリスク・ハイリターンなので。それよりも、年間通して分散してお茶を作り、売り上げを上げられた方が良い。近年は防霜ファンのおかげでだいぶ減りましたが、まれに霜の被害などもありますしね」

ここで、東坂茶園が展開している各種お茶を一部紹介したい。


紅茶teabag

スッキリとしながらも力強さを感じる、豊かな味と香りが特徴的な紅茶をティーバッグにして。できればストレートで。そして、一煎だけだともったいない。何煎でも楽しめる上質紅茶。


柑橘紅茶

橙、レモン、蜜柑といった数種の柑橘類の皮や果実をブレンドしたティーバッグ。2煎、3煎と煎を重ねる毎に香りが変化する。様々な柑橘の存在が引き立つ、香り豊かな紅茶だ。


燦々 夏紅ほうじ

藪北一番茶を使用。夏頃の緑生い茂る茶葉を摘み取り、丸1日萎凋、香りを発揚させて製茶、焙煎している。一煎目は焙煎の風味を味わえ、二煎目から徐々に萎凋した茶葉の風味が表に出てくる魅力的なほうじ茶だ。


柚子緑茶teabag

グラス(草)のような香りと、とろっとした甘みが特徴のつゆひかりの一番茶と、壱岐産柚子のピールをブレンド。その香りは、上品で爽やか。なんとも色気がある柚子緑茶が誕生した。


白茶

冴緑の茶葉を摘みとり、平たい竹籠の上で一枚一枚重ならないように広げ、丁寧な乾燥工程を経て出来上がった白茶。唯一、揉まずにお茶となる当商品は、透明度の高いクリアな味わいが大きな魅力だ。


郷山の茶(金)

日本茶の王様と呼ばれる品種、藪北。旨味、渋み、苦味、甘味のバランスが取れた茶を、摘む14日前に黒い寒冷紗と呼ばれるシートで茶園を覆い日陰を作り、旨味を蓄え渋みを抑制し独特の滋味深い味わいを生み出している。


工場完成は、終わりでなく”始まり”。
クラフトティー事業の構想を実現へ

現在、常時勤務のスタッフは雇っていない。自分と、そして父親が現役茶農家として生産している。

東坂「お茶を摘む時に来てくれるボランティアスタッフがいます。自分の仕事をしながら農園に来てくれる人たちなんで、費用が発生していません。この先、あと2年くらいで法人化を計画しているんですが、それまでに売り上げと実績を伸ばさないといけません。なので、今年と来年は本当に大変な年になりそうです。しっかり成果を出していかないといけないんで」

実現させるためには、今の設備に追加して釜炒りの工場なども別に欲している。

東坂「この工場は蒸しせいの緑茶ラインなので。なので、私が思い描いている完成形の二分の一です。まだまだ、これから。今後は、クラフトティーの設備投資になるんですが、ここ何年かのうちに完成させたいなと思っています。元手が必要なんで、売り上げを上げないといけないですね」

東彼杵町内で、お茶の体験や勉強をしに来ているのは、東坂茶園だけだ。茶農家を志す人からお茶を楽しみたい初心者まで。広く、人を受け入れている。

東坂「手摘みは、やってみるとハマりますよ。いつでも遊びに来てください」

さて、そんなどこに出しても恥じないお茶を作り続ける東坂茶園だが、お茶の淹れ方についてのこだわりはあるのだろうか。

東坂「美味しく淹れること」

一同爆笑。

東坂「冗談です(笑)。順序はあるんですが、まず”器は全部温める”こと。これは、基本ですね。お湯は、そのお茶にあった適温というのがあるので。緑茶だったら、70~60度くらいが適温と言われていますが、その10度の差でも全然口当たりが変わってきます。70度だと、ちょっと熱めで爽やかな味わい。60度だと、ぬるま湯でとろみが出てくる。全然違います。なので、口の中を爽やかにしたい人は熱めに淹れてあげて、ちょっとリッチな味わいを求める人には60度くらいで淹れてあげるのが良いですよ」

お湯に浸からせる時間も、人それぞれの好みで淹れれば良い。早めだったらさっぱりしていて口にすっと馴染むお茶になる。1分くらい置くと、しっかりと内容の成分が抽出されるから濃いめでリッチな味わいを求めている人にオススメだ。

東坂さんが、取材班に説明を加えつつお茶を淹れてくれる。初めて飲んでみると、衝撃の美味さが口に広がった。体験したことない旨味と口当たり。お茶は、こんなにも違うものなのか。

東坂「何と比べているのかはわかりませんが(笑)、ペットボトルのお茶は緑茶飲料。こういう言い方は悪いですが、全てが効率重視で作られています。でも、私は目的意識が違います。土地の個性を出そうと思って作っているから。お茶の木を植えるところから考えて、土地から、品種構成から」

夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る
あれに見えるは茶摘みぢやないか あかねだすきに菅(すげ)の笠

日本の唱歌「茶摘み」で歌われる八十八夜(はちじゅうはちや)は太陽暦をベースとした雑節のひとつで、立春を起算日(第1日目)として88日目(立春の87日後の日)にあたる。この日に摘んだ茶は上等なものとされ、この日にお茶を飲むと長生きするとも言い伝えられている。だが、東坂茶園の話を聞くと、お茶の深さがわかる。それぞれが好む味を求めて、様々なスタイルにあったお茶を楽しめば良いのだ。

ひとについての詳細は以下の記事をご覧ください。

東坂茶園のふるさと納税、返礼品はこちらから。