いとなみ研究室がおくる「ひとこと講座 -公開取材とローカル編集-」の公開取材企画・第4回は、長崎居留地歴史まちづくり協議会の事務局を担う岩本諭さん。
人とまちを繋げるコミュニティデザインを生業としながら、自分自身も斜面地のシェアハウス兼コミュニティスペース「つくる邸」で地域と繋がった暮らしを送る。
つくる邸がある地域は「旧外国人居留地(以下、居留地)」と呼ばれ、異国情緒あふれる長崎らしい文化や歴史がひしめき合う。その歴史や人々の営みを、どうやってまちづくりに、そして未来に生かしていくか。
今回は、岩本さんが事務局を務める「長崎居留地歴史まちづくり協議会(以下、歴まち協議会)」の取り組みについて紹介していく。
歴まち協議会が立ち上がった背景
空き家を改装し、つくる邸に住み始めること8年。岩本さんが参画する地域活動は、つくる邸周辺から居留地一帯にまで広がっている。
岩本「居留地といえば、グラバーさんが昔住んでいた歴史があったり、観光地として栄えていたりする中、市民活動も盛んな地域でした。そこをさらに盛り上げていこう、ということで2020年に行政も一緒になって協議会が立ち上がりました」
「居留地には、ひと・こと・ものがたくさん溢れているんです」と岩本さん。
まず挙げられるのは、大浦天主堂とグラバー園という2つの世界遺産があるまちであること。また、坂の名所であるオランダ坂、地域行事が行われる大浦諏訪神社など、各地に観光スポットや人が集う場所がある。
住民による営みも年中を通して盛んだ。代表的なものといえば、30年近くの歴史がある「長崎居留地まつり」。市民が主催し、若者も含めた幅広い年代が企画・運営に携わる。
その他、春・夏・冬の季節に合わせた地域の催し物はもちろん、最近では岩本さんらが仕掛ける地元飲食店の食べ飲み歩きのイベントなど、「こと」が目白押しのエリアである。
岩本「そんな賑わいのある観光地ですが、半分ぐらいは斜面地がこのエリアを占めており、どうしても住みにくいところもあって人口はかなり減ってきています。今は廃校となった浪の平小学校の跡地がつくる邸近くにありますが、市内では先駆けて統廃合された学校でした」
加えて、近年では地域の目玉であるグラバー園の来場者数も微減傾向に推移してきていることから、住む人も観光客も減少しつつあることが、居留地の課題となっている。
市は、長崎一番の観光地が陥っているそんな状況を打開すべく、「長崎市歴史的風致維持向上計画」の認定を経て、昔ながらの町並みや営みが残っている居留地を盛り上げようと協議会設立へと発展させた。
岩本「ということで、若手でまちづくりをやってきた一員として僕も事務局に入らせてもらってます。まずは何をやったのかと言うと、地域にたくさんいるプレイヤーの皆さんに集まってもらって、“オール居留地”のメンバーで毎月ディスカッションすること。エリアの課題や今後の将来像など、喧々諤々と議論していきました」
岩本さんは、連絡調整や当日の司会進行など、事務局としての役割を全うした。
見えてきた地域の課題とギャップ
議論やリサーチを重ねていく中で、現在の居留地に対して市民が感じている課題がたくさん出てきた。
老朽化した空き家が多い、市民が日常的に訪れる地域になっていない、魅力的な飲食・物販店が不足しエリアに「新鮮さ」が欠けている、観光客が世界遺産など主要な観光スポットにのみ来訪し区域を広く回遊しない。
その他、居留地ならではの地域資源である洋館の活用方法が限定されており、市民のニーズと合致していないなど、具体的な問題点も多く挙げられた。
岩本「ブランディングや情報発信の不足など、いろんな指摘がありました。中でもショックだったのが、『若者や移住者が多く、若い力が芽生えてきた地区』であるという項目がマイナスに振れていたことです。要するに、僕やいろんな若者がこの地域で活動しているし、人材はいるはずなのに、その魅力が伝わっていないんです」
さらに、「住民参加でのイベントや地域活動などが活発な地区」という項目も、限りなく0に近い結果に。岩本さんらは、悔しさとにわかには信じ難い気持ちを覚えた。
長崎の居留地には、ひと・こと・ものが本当にたくさんある。自分たちもずっと活動してきた。しかし、それを発信できていないこと、伝わっていないという課題が浮き彫りになった。
歴まち協議会は、毎月のワークショップに加え、現在改装中の英国領事館や歴史のあるスポットへのフィールドワークなどを実施しながら、この地域が将来どうなったらいいか熱く意見を交わしてきた。
居留地の今と未来をまとめたグランドデザインの完成
協議会の設立から2年後、居留地の現状や課題、そして目指すべき将来像をまとめたグランドデザインが完成。
目指す将来像には、「営みとつながりが創る 新しい居留地物語〜居留地から居住地へ〜」というコピーを掲げた。
岩本「若干、ダジャレも入っていますが(笑)。居留地は観光客のためだけのまちではなく、住民による暮らしがあるまちです。だからこそ、その両方を目指していくためにあえて『居住地』というワードを使用しました」
このビジョンを実現するために、大きく分けて4つの対応方針を設定。議論やリサーチを元に考えられた「暮らし環境の充実」、「活動・営みの活発化と持続性の担保」、「地域資源の価値向上」、「地域ブランディング」の4つである。
また、居留地はエリアとしても広く、場所によってその色が異なるため、地域特性に基づくゾーニングを設定。6ヶ所に分けて、地域ごとに現状や取り組み、将来像を整理している。
岩本「例えば、歴史資産や観光地よりもっと奥にある『斜面地エコライフゾーン』。資料に載っている将来像のイメージイラストは、つくる邸が参考になっています(笑)。10年後の居留地の斜面地は、こんなまちに、こんな暮らしになっていたらいいな、という観点で描かれています。大学時代に思い描いていたエコライフが、ここで活きてくるとは……!」
たくさんの要素が入り混じった居留地の特性・魅力だけでなく、現状や課題をエリアごとに顕在化。さらに向かうべき将来像などが俯瞰して見える化された、かなり協議会の熱がこもったグランドデザインが出来上がった。
計画から行動へ。アクションプランを策定中
目指すべき方向性のグランドデザインが完成した今、目標に向かうための具体的なアクションを考える必要がある。協議会の現在の動きは、「アクションプラン」を策定中。まずはどこから着手していくか、まちの中での課題や現状を鑑みて、優先度の高いものから重点的に取り組んでいく。
具体的には、「斜面地移住プロジェクト」、「小学校跡地活用プロジェクト」「ふるさと教育」「洋館活用プロジェクト」「ナガサキタータンプロジェクト」など、さまざまな計画がすでに動き出そうとしている。
岩本「新しい取り組みをいくつか紹介します。まず、グラバーさんの故郷・スコットランドにちなんだ『長崎タータンチェック』を活用する動きが活発です。日本でラグビーワールドカップが開催された際に、長崎を訪れたスコットランドラグビー協会から友好の証として正式に長崎市へと寄贈された緑色のタータンチェックを、居留地のブランディングに取り入れています」
そんな長崎タータンを活用して商品化していくために、東京モード学園とのコラボも実現した。最優秀作品に選ばれた学生を長崎に招待し、長崎居留地まつりの中でお披露目するなど盛り上がりを見せた。
さらに、地域一帯でタータンチェックを認識できるようにと、ストリートフラッグのデザインコンペも実施。プロ・アマ問わずたくさんの応募の中から選ばれた最優秀作品が、実際に地域のお土産通りなどに掲げられており、居留地のブランドイメージ構築を進めている。
岩本「居留地では、1年を通してたくさんの催しや見どころがあります。そのスケジュールをまとめたカレンダーも作成しました。これを買えば、地域の営みが丸ごと分かるようになっています」
課題となっていた若者の動きは相変わらず活発に見えながらも、地域ブランディングの観点から、積極的にアプローチしているようだ。
人とまちを繋げる、新たな動き
歴まち協議会とはまた別のところでも、岩本さんらが中心になって新たなプロジェクトが動き始めている。場所は、路面電車の終点・石橋電停付近に構える“関係案内所”「HUBs Ishibashi(以下、HUBs)」である。
居留地には大型客船が停泊する“海のゲート”があり、今後行政が整備するであろう観光案内所的なものが“陸のゲート”の役目を果たしてくれる。
岩本「それなら僕らは、“地域のゲート”をつくろうという話になりました。ここは路面電車の終点で、グラバー園の入り口へと登っていく人が通る場所です。そもそも、ちゃんとした観光案内所が今の居留地に無いから作った方がいいという理由もあるし、地域のハブとなるこの拠点は、行政ではなく民間である僕らの手で作りたいなと思ったんです」
ただ、「普通の観光案内所だと面白くないじゃないですか」という岩本さん。今までの活動の中で、せっかく地域に入っていろんな取り組みを知り、先輩たちと繋がってきた。
観光で訪れた人の中でも、「空き家に興味あるんですよね」という話になればつくる邸に案内できる。「さるく(まちあるきガイド)をしてほしい」という話になれば、地元の魅力を存分に語れるガイドを紹介できる。そしてそれは、普通は繋がることのできないレジェンド的な存在の人だったりするのだ。
観光スポットなどの「もの」だけでなく、「ひと」を紹介できる場所にしたいという思いを込めて、“関係案内所”と名付けた。
HUBsに常駐するのは、ちょっとクセのある有志メンバー。長崎を愛する人、居留地と関わりがある人、マニアな趣味がある人など、多様な面々が揃う。日によって常駐する人が異なるので、訪れた人はその日その時にいるメンバーの目線で居留地をガイドしてもらえるのだ。
官民が連携し、思い描いた地域の未来図に向かってアクションを起こしていく居留地。それぞれの得意分野を持ち寄って、時に地域全体のブランドイメージ向上を図り、時に人とまちを繋げる小さな拠点をつくる。
歴まち協議会の存在は、居留地にいま必要なものや、これから目指すべき地域へと導くための重要なコミュニティとなっているようだ。
公開取材の様子はこちらから。
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