
波佐見・割烹堀江を訪ねて
長崎県・波佐見町。やきものの町として知られるこの町で、割烹堀江は暖簾を守り続けています。観光地の中心にあるわけではありません。けれど町の人にとっては、節目や集まりのたびに自然と思い浮かぶ一軒です。七五三の祝い、還暦の席、法事のあと、久しぶりに帰省した家族との食事。気づけば人生の節目のそばに、この店があります。
その理由を知りたくて、私たちは話を伺いました。
創業と、受け継がれてきた姿勢

割烹堀江の創業は昭和の時代にさかのぼります。当時の波佐見は、今以上に地域のつながりが濃く、祝いごとも寄り合いも、料理屋が中心でした。初代は「料理は腕より先に姿勢だ」と考えていたといいます。とりわけ大切にしていたのが、魚の仕入れでした。市場へ出向き、自分の目で魚を選ぶ。天候に左右される日もあれば、思うような品に出会えない日もあります。それでも人任せにはしない。
命を扱う以上、納得したものだけを出す。それが初代の教えでした。二代目、三代目へと受け継がれた今も、その姿勢は変わっていません。効率だけを考えれば方法はいくらでもあります。けれど、朝の市場に立ち、自分の目で確かめるという工程を省くことはありません。
「刺身は、うちの命です。」

そう語る言葉は、創業から続く背骨のようなものです。刺身はごまかしがききません。包丁を入れた瞬間に、素材のすべてが表れます。だからこそ、仕入れの段階から誠実であること。その積み重ねが、堀江の味を支えています。
町の人生に寄り添う店

取材中、印象的だったのは、常連さんの話でした。あるご家族は、祖父母の代から三世代で通っているそうです。若い頃に結納の席をここで設け、その後も子どものお食い初めや入学祝いを重ねてきました。いまでは、その子どもが成人し、また新しい節目を迎えています。
「気づいたら、いつもここでした。」
そんな言葉が自然に出る店です。また、故人を偲ぶ会食の法事、春先の歓送迎会、年末の忘年会、ご家族の寄り合いなど多岐に渡る行事の場として選ばれてきました。料理は主役でありながら、出過ぎない。会話の邪魔をしない味わいです。「安心して任せられるから」と言われることが、何よりうれしいといいます。地域に根ざすとは、特別なことをすることではなく、必要なときに思い出してもらえる存在でいることなのかもしれません。
器の町で営むということ

波佐見はやきものの町です。日常の器から芸術性の高い作品まで、暮らしのすぐそばに焼きものがあります。堀江でも、器は大切な要素です。その日の料理、その席の目的に合わせて選ばれます。地元の窯元の器を使うことも多く、料理と器が自然に呼応します。器が変わると、料理の表情も変わります。そして、場の空気も変わります。会席は「会う席」と書きます。誰かと誰かが向き合う時間を支えるのが料理だとすれば、器はその舞台を整える存在です。派手な演出はありません。けれど、居心地のよさがあります。
「ゑ」という一文字

堀江の営みをあらわす言葉に、「ゑ」という一文字があります。それは単なる屋号の象徴ではなく、代々受け継がれてきた心そのものです。
「一期一ゑ」。
その一席、その出会いは、二度と同じ形では訪れません。だからこそ、その瞬間に心を尽くす。関わるすべての人の心が、ひとつ満たされる食と時間を結ぶこと。それが、堀江恵比寿の願いです。「ゑ」には、いくつもの意味が重なります。

恵みの「恵」。
人と人とを結ぶ「縁」。
ともに席を囲む「会」。
そして、積み重ねの先にある「栄」。
まず、「恵」。刺身は堀江にとって大切な料理です。海や漁師の方、市場など、多くの手を経て届く命の授かりものです。料理をお出しすることも、店を続けていくことも、決してあたりまえではありません。だからこそ私たちは市場へ足を運び、自分の目で見て選ぶこと、日々の仕入れや仕込みに丁寧に向き合うことを大切にしています。料理を届ける最後のバトンを握る者として、すべてのご縁と命への感謝を忘れず、「おかげさま」の心で向き合います。
次に、「会」。
堀江の料理は、手間暇を惜しまない、まっすぐな料理です。派手でなくてよい。飾りすぎなくてよい。出汁の香りがそっと心をほどき、季節が静かに伝わる。誠実さが皿の奥ににじむような料理を、日々積み重ねています。それは、人と人が向き合う時間をやわらかく支えるための料理です。
そして、「縁」。
世の中には良い店が数多くあります。その中で、価格や流行ではなく、「それでも堀江がいい」と思っていただける存在でありたいと願っています。一度きりではなく、人生の節目に思い出していただける店であること。そのために、誠実な仕事を積み重ね続けます。
最後に、「栄」。
商売繁盛は、利だけを追うことではなく、人の心に寄り添う営みの積み重ねに宿るものだと教えられてきました。目の前のお客様に心を尽くし、魚に正直に、料理に誠実に、人にやさしくあること。急がず、偽らず、まっすぐに営みを重ねる。その先にこそ、繁盛はそっと授かるものなのでしょう。割烹堀江の軒先には、江戸の昔より恵比寿様が祀られています。

軒先より、やさしく見守るその姿は、店の歩みを象徴する存在です。江の流れのように絶えぬ営み。地の恵みへの感謝。人と人が集う会の尊さ。食を通してご縁を結び、いただいた恩を料理でお返ししていく。それが、堀江恵比寿の「ゑ」の心です。派手な言葉ではありません。けれど、この一文字の中に、堀江の芯があります。難しい理屈ではありません。けれど、日々の仕事の本質を表しています。
新しい挑戦へ

近年、堀江は新たな取り組みも始めました。波佐見の特産品を活かした「クリームチーズ波佐見西京焼」の製造販売です。店で培ってきた西京味噌の技術を活かし、地元の素材と組み合わせて商品化しました。さらにホワイトチョコレートを用いた新しい展開も模索しています。飲食店の枠を超えた挑戦です。けれど根本にあるのは、これまでと同じ姿勢です。

素材に正直であること。目の届く範囲で丁寧に仕上げること。誇れるものだけを世に出すこと。町の中で育ててきた味を、少し外へ届ける。けれど、急ぎすぎない。「広げることより、続けることのほうが難しいですから。」その言葉に、堀江らしさがにじみます。

まっすぐな味は続いていく
取材を終え、店を出るころには、すっかり夕方になっていました。常連さんが自然に声をかけ、笑い合いながら帰っていきます。特別な劇的さはありません。けれど、確かな積み重ねがあります。

市場に立つ朝。
出汁を引く時間。
器を選ぶひととき。
そして、町の人たちの人生の節目。
割烹堀江は、その間にあります。
まっすぐな味は、派手ではありません。けれど飽きません。そして気づけば、人生のところどころに残っています。町とともに続いてきた店は、これからも町の中で、静かに歩みを重ねていくのでしょう。それは大きな物語ではありません。けれど、確かな物語です。
