東彼杵町、平似田郷。国道34号線から山手の方へ登っていく道中、茶工場が姿を現す。『まるせい酒井製茶』だ。取材当時は、晩冬。案内されて温かな工場内へと入ると、焙じられたお茶の香りが立ち込めていた。
「ちょうど、ほうじ茶を製造しているところです。茶の茎の部分を2時間から3時間回しています。ほうじ茶はカフェイン含有量が少ないので、寝る前に飲む人が多い。冬の時期は1番売れる商品になります」。語ってくれたのは、3代目として業務を担う酒井祐志さんだ。
3代に渡って受け継がれてきた、
まるせい酒井製茶74年の歴史
工場を出ると、敷地内に新しそうな建物を発見。
「まだ出来たばかりのお店です。2021年の12月末に完成しました。店内は、創業前後である1940年代などの昔の写真をパネルにして陳列させています」
当時の東彼杵町の風景が残る、貴重な写真だ。眺めていると、創業当時のお店なのだろうか、気になる写真を見つけた。看板に書かれた、お店の名前は『キンキラキン』。
酒井「キンキラキン(琴吉良金)は、昭和40年代半ばにオープンしたドライブインです。そこでも、お茶を陳列し、販売していました。祖父の時代です」
祖父の名は、清さん。ここから、まるせいという名前が付けられた。そして、父の敏幸さん、祐志さんと3代に渡りバトンは受け継がれてきた。
「昭和23年に製茶工場を設立後、茶問屋として各地のお茶の小売店をはじめ様々なところに卸し売りを始めました。また、それと同時に自園の茶畑を持ち、お茶の栽培も行っていました。現在では、新茶の季節に入札をして市場から仕入れるのと、契約した茶農家から仕入れているのとでブレンドを行なっています。何十種類もある味の中から選び、自分の店に合ったお茶を選び、入札します。お客さんから見たら全て高いお茶を競り落として、販売すれば良いと思うかもしれませんが、小売する時に価格帯に合わせて値段を分けているので、茶葉もそれに応じてバランスよく競り落とさないと成り立ちません」
若い世代にも受け入れられる
新しいお茶のあり方を模索
ブレンドして、お茶を売る。それで食べていける時代は終わりを迎えている。お茶を飲む人が若い世代を中心に減っている現状を改善すべく、あらゆるコミュニティで繋がって、面白いこと企画を打ち出していく必要があるという。それは、どの業界にも言えることだろう。
「同業者同士も、お互いに仲良くしてます。そのぎ茶の茶商グループにもコミュニティーがあります。ただ、等しく喋れる仲ではあるんですが、深掘りしていくとなったら県外のお茶屋さんとの繋がりを持つことも大切です。やり方も、味も、産地も、全然違う。だから、そういった人たちから情報を収集し、取り入れられるところがあったら取り入れる努力は惜しみません」
そうして、できたのが『Chabacco』。一年かけてアピールして、念願かなって商品化のコラボへと至った。
「長崎のお土産として静岡のお茶関係の人とタイアップして作ったスティック粉末状のお茶です。世の中を茶化す、ご当地”チャ”バコ。東海地方の方ではJRや、漫画『ゆるキャン△』などとコラボしたりと主流になってきているのですが、これもTwitterで発見し、面白いから商品化したいと思いました。粉末状のお茶を使った商品はこれまでなかったので。そのぎ茶を使った抹茶・玉緑茶・ほうじ茶の3種類です。九州圏では、鹿児島、長崎県、福岡、熊本が加わっています。長崎県から出しているのは弊社だけです。スティックに詰めたり、スティックをパッケージに詰める機械がどこにもないんで、パウダーにしたものを静岡の会社に送って、商品を卸してもらう。修学旅行生なんかからウケて、お土産として買われています」
スティック状だから携帯しやすく、野外でもお湯や水に溶かして手軽に本格的なそのぎ茶を味わうことができる。キャンプなどアウトドアにはもってこいの商品だろう。
「若い世代は、ペットボトルのお茶は飲んでも急須は持っていない方も多くいます。茶殻を捨てるのが嫌だとか、淹れるのが面倒だとか、そういう要因は大きいです。そういった人にちゃんとした淹れ方で出されたお茶を飲んでもらって興味を持ってほしい。高いお茶だと熱湯から直接注いでも美味しくなく、ちゃんとした淹れ方じゃないと本来の味が出ません。かくいう私も、家業を継ぐ前は家で直接お湯を淹れてすぐに飲んでいたんですが(笑)。お客さんに勧めるなら、自分もやらないといけないといけないですね。ただ、やってみてわかるのは、淹れ方でお茶の味が全然違うということ。そこで、他の産地の方とTwitterでご縁をいただき、静岡、埼玉、熊本、新潟、長崎のお茶屋でタッグを組んで、そこのお茶を一回全部弊社で預かり詰め直し、飲み比べのキャンペーン商品を無料で作ったりもしてみました。他にも、うちが出している商品の飲み比べアソートセット。10グラムの小分けを全種類用意しています。最初のとっかかりとしては良いですよね。こうして新しいことをしていくなかでネットワークを広げて、いろんな角度からお茶に触れる機会を作っていきたいです」
新たなお茶の淹れ方を研究し、
新たなお茶の可能性を探る
ここで、実際にお茶を飲み比べさせていただくこととなった。お茶のプロに淹れてもらうと、その工程一つ一つが素敵な作業に見えてくる。
「ひとり当たり、約3グラム。初めのうちは計測器で測るのが良いでしょう。一回急須を温めて、お湯を捨てます。そして、茶葉を入れて、70度で1分煎じる。すると、香りが出ます。また、淹れるための茶器をみて、新しさを楽しんでもらえれば。茶殻は害にならないので、そのまま器に入ったものは飲んでいただいて大丈夫です。さあ、召し上がってみてください」
一口、飲んでみる。今まで飲んでたお茶はなんだったのか。そう思うほどに、深みのある味が口の中に広がる。
「コーヒーを飲んでいたお客さんも、興味を示してくれるようになります。今は、”ドリップティー”にはまっています」
「こちらは、少しずつ濾過して抽出するため、まろやかで余韻が残ります。違った味を楽しみたいという方にオススメです。お客さんが来たときは、ゆっくり談笑しながら2つの味と香りの違いを楽しんでもらう。苦味を好まない人には、このスタイルを提案したり、茶葉の量や品種を変えたり。主流を増やすのではなく、いろんな飲み方を提案し、伝えられないかと考えています」
今は、緑茶用のドリッパーを研究中だという。
「ティーパックは今までの主流ですが、ドリッパーは難しい。コーヒーのように苦味を効かせないといけないし、入れた瞬間に下に流れていくため抽出できない。普通の茶葉ではできないですね。ドリップ式は、関東の方では出てきていますが、なかなか定着していません。そういうこともあって、全国的にこれから流行るとTwitterで発信しています。コーヒーのお客さんをこっちに呼ぶためにはどうしたら良いかを考えて、次のステップに取り掛かっている。ドリップした場合は香りが一番。そこに着目すればいい商品ができるはずです。現在、ドリップティーはほうじ茶と玄米茶の2種類を販売しています。ちょっとした、手渡しのプレゼントなどに購入いただいています」
ところで、お茶を飲んでいて気になることがある。お茶屋ごとに、その店の味があるというが、毎年できる茶葉の味が異なる中で、同じ味を作り続けることは難しくないのだろうか。
「味は、火入の温度と仕入れる茶葉の味で決まってくる。ほとんどは火加減で、お茶屋独自の味が出てきます。あとは、茶葉と茶葉とのブレンド。どこのお茶屋もそうなんですが、前から引き継いでいる味というのがあって、それは自分の舌が覚えているもの。味が近づいてきたと思ったらこの茶葉とこの茶葉をブレンドしようみたいな。レシピなどはなく、感覚だけの技です。小さい時から飲んでいるお茶なので、うちのお茶はこう言ったお茶だというのが身に染みています。だから、これとこれを混ぜたら近づくというのがわかるんですよね」
お茶のプロが手がける、至極の逸品。これから先も、こだわりのお茶を出し続けてほしい。最後に、今後の酒井製茶のあり方を尋ねてみた。
「時が経つにつれて、いろんな状況から枝分かれするような茶売りの展開と、そう言った時代のコミュニティツールを積極的に使って、各業種の方とのコラボを企画できればと思います。そういう場面があれば積極的に参加していき、お客さんに茶器で飲む楽しみを伝えるために自分が率先してやっていきたい」
ひとについての詳細は、以下のそれぞれの記事をご覧ください。