東彼杵町の町役場交差点。長崎街道を北東に進んでいくと、クリームブルーの映えるレトロ感漂うBARBERが見えてくる。1943年に創業し、これまで東彼杵町民の容姿を整え続けてきた『浦川理容』だ。裏には彼杵川が流れ、架けられた陸橋から大村線の電車が駆けていく。ほのぼのとした景色を一望しながら、毛髪を整えてもらう何とも贅沢な空間がそこにはあった。
古きを受け継ぎ、活かす。
原点回帰のリニューアル
現在、浦川理容の店主は、3代目となる浦川政裕さんが担っている。祖父から代々受け継がれてきた理容業。家業を継ぐ人は多いのだろうか。
浦川「どうなんでしょうね。小さい時から両親の背中を見るわけだから、継ぐ人も多いと思います。東彼杵で言うと、創業100年を超えているお店もありますし、県内でも長く続いているお店が多いです。
氏は、高校卒業後長崎県内の専門学校で学びながら2年働き、卒業後も他のお店を経て東彼杵へと戻ってきた。そして、2代目である父、義則さんから引き継いだ。美容師ではなく、理容師を選んだ理由は。
「家業が理容だったから、迷いもなく。小さい時からお客さんとのコミュニケーションもとれていたし、地元の人たちからも父親が引退したら誰が髪を切るんだと言われていたので、なるべくしてなった感じですね。美容院と理容院の違いは、大まかに言うと剃刀が使えるかどうかが主な違いなんですが、理容は”容姿を整える”という定義があります」
1人で家業を継いで、8年ほど。その中で、令和元年、2019年1月に店舗を改装し、3月からリニューアルオープンを果たした。
「老朽化が酷かったので、今のうちに建て替えておかないという想いが大きかった。そして、立て替えるなら父親が、川の見える床屋にしたかったというのと、私が電車が見える床屋にしたかったという2つの理由からです。私は電車が好きだったので、電車を見ながら仕事ができる床屋が良いなと。父は、髪切りながら魚釣りがしたいという無茶苦茶なことを言っていましたが(笑)、それは無理だから、店の裏に窓を設けて、川と鉄橋を見えるようにしました。新しくしてから、父も見に来てくれて、喜んでくれました」
新しい浦川理容。そこには、昔からの思いを大事にして、それを引き継ぐという氏のこだわりが随所に散りばめられている。
「お店の看板といったフォントも、昔のお店のガラスから文字を切り抜いて文字に起こしてもらったり、看板隣に帽子のオブジェがあるんですが、そのオブジェも当時の写真を見て再現して。『原点回帰』というのが、このお店のコンセプトです。昔のものを残しながら、新しくするというので。店外の水色も、昔使われていた塗装から色を起こして作ってもらったんで、そういうところもこだわっています」
理容の道に、終わりはない。
日々勉強、一生勉強
浦川さんが理容の道を歩み始めて、18年が経つ。仕事に慣れてきたのはいつぐらいからなのか。
「難しいなぁー(笑)。でも、年が経つごとにやれることも増えてくるし、勉強にも行ったりして新しいことも覚えていくのが私たちの仕事です。ゴールがないので、今でもずっと勉強しなければなりません。その時代、時代に応じてやらなければならないことも変わってくるし、そこの部分でいえば、いつでも学びという感覚は忘れてはいけないと思います。ですから、どの時点で板についたかと聞かれてもピンとこないんですよ。ゴールがないから、歩みを止めると遅れるんですよ。この業界あるあるだと思います。今は、コロナ禍で勉強の機会が減っているので、そういうところは懸念しています」
近年、特に顕著になってきたのが、理容師が作るバーバースタイルと、美容師が作るサロンスタイルとが一線を画すようになってきたという。
「両極端になってきたんですよね。ザ・”漢”みたいな髪型を求める人と、フェミニンな感じを求める人と。バーバースタイルは、ニューヨークからの発信で、フェードカットや刈り上げスタイルといったメンズカットが中心です。今では、SNSで情報がどこからでも見られるから、有名人の真似をしたいとか、そういうことなんだと思います。全てのヘアースタイルは、真似からのスタートなので。あとは、業界として、こういうスタイルを今年流行らせますよと仕掛けて、それに伴う勉強会があったのですが、今はそういう機会が減っていて発信しにくくなっている。そのため、SNSで見たものを真似していこうという形に変化してきていると思います。流れが変わってきている感じは受けますね」
仲間同士で連絡したり、勉強したりする、理容組合や勉強会がある。
「コンテストを目標にしている人が多いですが、私はあまり興味が持てなかった。比較的、お客さんの要望に寄り添いたいです。色々なスタイルを提案して作ったり、顔剃りをして気持ち良くなってもらったり、新しいやり方でシャンプーをしたり。シャンプーの時のスタイルは、理容・美容で違っているのですが、私がやるのは前スタイル、後ろスタイル、リヤスタイル、サイドから洗うパターンの4種類。いろんな方が来てくれるので、お客さんに合わせて対応します」
障がい者や高齢者が理容で一番困るのが、シャンプー時であると筆者も思う。その点、浦川理容は長崎県で最新機器を投入し、対策もバッチリと行っている。
「最新機器の性能、試してみますか」と氏に進められ、嬉々として台に座る。幼い頃、床屋に行くと、カットしてもらった後は前屈みになって首を洗面台に固定し、洗われていたのを思い出す。それが普通だと思っていた。それが、仰向けの状態で移動式の洗面台が頭を迎え入れてくれる。これは、移動する必要もなく楽だ。この機器があれば、高齢者や障がい者も無理なく洗ってもらえそうだ。
機器の性能に満足していると、これで終わりではなかった。さらに、追加の器具がセットされると…
わーーー!! 滝だ。滝である。水が生え際の沿線上に流れ落ちては、後頭部を伝って台へと落ちていくではないか。気持ちが良い。川を漂っている映像が脳裏に流れた。段々と、身体がぽかぽかしてくる。なぜだろう。
「この水は、炭酸水です。炭酸には、体を温めてくれる力があります。設定で、炭酸濃度を上げることも可能です。この機器をSNSに投稿すると、すぐにバズりました。父の新しい物好きを、私も受け継いでしまった(笑)」
少し、首の位置を変えようと思って揺らしてみる。すると、それに合わせて滝が同じ角度で振れる。常に、生え際を狙い撃ちだ。気持ち良い。気持ち良いぞ。取材ではなかったら、きっと寝てしまっていたことだろう。
地域の老舗理容として
あるべき、目指すべき姿
原点回帰をしつつも、新しい機器を導入したりと常にお客のために新しいことを考えている浦川理容。その今後の目指す姿とは。
「お店をリニューアルした当初は、”高齢者対策をしたお店”もコンセプトの内容に含めていました。シャンプー台などのバリエーションを増やしたのも、体の不自由な人でも来やすい状況を作りたかったからなのですが、コロナ禍で高齢者の方たちが本当に動かなくなってしまって(汗)。なので、そこら辺はもう一度作戦を立て直さないといけないですね。そして、自分が年を取ってきたら意外と高齢者施設とかで出張利用を頼まれる機会が増えてきました。出張理容に行くと、喜ばれます。人と話す機会がなくなっている方も多いので、『来てくれてありがとね』と。人と会う機会が減ってくる中で、出張で散髪すると喜んでもらえて。そっちの方を主にしていかないといけないのかなとも思いました」
仕事の拘束時間は長い。変えることもできるのだが、お客さんの要望に寄り添ってきた。
「8:30営業のはずなんですが、なぜか早い時は、7時から稼働しています。最近、オープン前の早朝にお客さんから電話がなるのが恐い(笑)。そして、早い人で2週間に1回のスパンで来店され得ます(笑)。刈り上げの薄いグラデーションが好きな人とかは、スパンが早いですね。大半の方は、1ヶ月半から2ヶ月に1回くらいのペースです」
お店の雰囲気と浦川さんの人柄が、人を呼び寄せる。それは、きっと先代もそうだったのだろう、地元の人に愛され、支えられてきた。そんな彼らに対し、浦川理容は今日も技術と居心地の良さで幸せをお返しする。
ひとについての詳細は以下の記事をご覧ください。