スーツを通して、人生を切り取る。L’ECRINが提案する、”新しい思い出づくり”のかたち

取材・文・写真・編集

「自分が着ているものを欲しいと言われるのが一番嬉しい。クラシックで伝統的、王道のものをカッコよく着こなす男っぽい服装が好き。そっちのほうが長く着られるし、みんなが流行に合わせた細身のものを着ている中でクラシックなものを着ていた方が雰囲気が出るけん」

そう語るのは、長崎県北松浦郡佐々町の地でテーラーとして活動している『L’ECRIN(レクラン)』の江頭知裕さんだ。大柄で恰幅良いその立ち姿は、スクリーン映えしそうな雰囲気を醸し出している。

江頭「クラシックといっても、トレンドはあります。オールドファッションとはよく言うけど、だからと言って20年前の父親が来ていたダブルスーツなんかを着たりするとすぐに昔のスーツだというのがわかってしまう。襟の形とかも全然違ってくるので、ただ昔のものを取り入れればいいかというとそうでもないところが難しいし、面白い。僕はみんなにかっちりしたイメージを植え付けている。着た時に、『新しいんだけど、どこかクラシックだよね』と言わせるのが狙いやね。古いものを新しく魅せるようにするのが仕事であり、努力するところです」

一時的な流行りに乗るのは、手軽にカッコ良く魅せられる。だが、流行が過ぎた先までを考えるとなると難しい。それでも、江頭さんの手にかかればある程度先を見越したスーツを仕立てることができるという。

そんなファッションの心強い味方は、スーツを通して新しく魅力的なイベントや事業をどんどん企画、発信している。その行動力の源は、いったい何なのだろうか。彼の大きな背中を追った。

衣装作りから、スケジューリングまで。
結婚式を丸々プロデュース

取材当日。記者が呼ばれたのは、佐世保市の九十九島パールシーリゾート近郊にある『ホテルフラッグス 九十九島』だった。

「今日は、朝から一日かけて結婚式の前撮りを行っています。朝は和装で、午後からは洋装。今回のために仕立てたタキシードを着てもらい、最後は九十九島観光公園で沈む夕日をバックに家族写真を撮る予定です」

今年、地元佐々町の商工会の仲間が晴れて結婚することになった。式を挙げるのは9月。それまでのプロデュースを江頭さんが引き受けることとなった。

「会社として貸し衣装を行なっているので、結婚式をやるという話をいただいたときに今回の企画が立ち上がりました。お嫁さんは着物とドレスを両方レンタル、お婿さんは後々も着たいということでタキシードを購入してもらってイチから仕立てました。そして、結婚式が終わればタキシードをスーツへとリメイクさせて仕立て直すという取り組み。結婚式衣装といえど、レンタル一択ではないということを知ってもらいたいんよ」

結婚式などのイベントは前からやっていたが、貸衣装のタキシードについて思うことがあったという。

「タキシードってレンタルするものだと思っている人が多いと思うけど、レンタルやったらそこで終わりじゃないですか。後々、思い出として使い続けてもらいたいなという想いがあるんやけど、買ったとしても式以外で着る機会はほとんどない。それやったら、最初から自分で作ろうと。元々、スーツのリメイクをしようと思っとったけん、これはちょうど良い機会やなと思って。タキシードとして着終わった後はスーツとして、子どもが生まれたらお宮参りとか、七五三とか。これから先の人生の節目、節目で使ってもらうと結婚式からその人の物語がスーツを通して続いていく。それって、めっちゃ素敵やん」

今回、仕立てたタキシードがこちら。「後々気軽に着られるような感じで、黒ではなくブラウンベージュっぽい結構カッコ良い感じのデザインを選びました。今の襟の部分を全部変えて、普通のベージュのスーツにリメイクする予定です。めっちゃ良い色でしょ。俺も自分用に作りたいと思ったもん(笑)」

今年の9月に結婚式を挙げる予定の松永さんにも、話を聞いてみた。

松永「江頭さんとは佐々町商工会青年部で知り合いって依頼のお付き合いです。初めてオーダースーツを作ったのもL’ECRINでした。これとは別に2着持っています。すべてピッタリ測ってくれているので、着心地が普通に買ったスーツとは全然違います。肩やウエストの窮屈さやダボダボさがない。本当にスゴい。一度袖を通したら他のところのスーツは着られないと思うくらい惚れ込んでいます。できれば、多くの人に勧めたい。一度着てみてと。感動するけんと。良いものだから購入を機に手入れをするようになり、物持ちも良くなりました。スーツを通して自分の考え方が変わって、生活が変わって。いろんな相乗効果が出て、自分の成長に繋がっていると思います」

一緒になって考え、導いてくれる江頭さんの人柄にも惚れ込んでいる。

「デザインや色など自分に合ったものを勧めてくれます。そして、自分がして欲しいことを伝えると、それを汲んださらに良い提案をしてくれます。お互いに意見を出し合いながら、スーツの柄、それに合ったボタン、裏地など。どうせだったら個性を出そうと提案してくれるから服選びが楽しくなってくる。今回、タキシードをスーツとしてリメイクしてもらうのも、どうせ高いお金を払うのだったらリースではなく形として残るものが良いと決断しました。そして、この仕上がりですよ。本当にカッコよくて満足しています」

「今回の結婚式は、初めから江頭さんを信頼してプロデュースとして入ってもらいました。タキシード作りは、2ヶ月前に採寸して早いスパンで仕立ててもらって。そして、江頭さんがホテルの予約などセッティングを整えてくれて、服の持ち込みや写真撮影などスムーズに進めてもらえ、結婚式までにやっておいた方が良いことなど全てアドバイスをもらいました。助かりますし、安心して任せられます」

都会でできることは、田舎でもやれる。
ハングリー精神で、企画し行動する

テーラーとして、貸衣装屋として自分ができることと、他の業界が始めた新しい取り組みを掛け合わせてみて、やれそうなことは始めてみる。その企画力と行動力には脱帽だ。アイデア、企画を考えるのはもともと好きだったのか。

江頭「どうですかね。そうなんだと思います、しょっちゅう考えよるけん。ぱって思い浮かんだことはすぐ言うし、すぐ行動に移してみる。良くも、悪くも、とりあえず(笑)。でも、企画力というより行動力の方があると思います。会社員時代はそうでもなかった。動いて何になると思いよったけど、自分で店を構えてからは足を使って動かないけん、行動に移すことは大事なことやと思いました。地元の北九州から移住して、友達おらん状態で佐々町で起業したけん。待っていても意味はなかし、自分が動かないと何もならない状態から始まったんで」

初めは店舗だけの営業だったが、今では『LECRIN号707』によるスーツの移動販売も行なっている。今まで見たこと、聞いたことないことを行動力で実現させてきた。

「これまで、いろんな場所に出張していた。そんな時、クライアントの家や事務所に行くと、他人を家や事務所に上げたくないという人もいたりするのがわかってきた。だったら、キャンピングカーを使った移動式販売はどうかと。試着できるスペースがあって、僕がいて、お客さんに来てもらえればすべて解決できるじゃんと、その勢いだけで製作しました(笑)。でも、結婚式でも移動車として使うことができるけん、そこに全て入れて、休憩室、控え室としても使えるようになった」

新しい物事にチャレンジする原動力は、どこからきているのだろうか。

「原動力は、まだしてないことを田舎でやるということ。”田舎”がキーです。都会でできること、というか都会では既に誰かがやっていたりする。都会でできて、田舎でできないことはない。田舎をできない理由にしたくない。そんなハングリー精神が自分にはあって、都会に比べるとどうしても田舎は不利なんだけど、こっちで絶対成し遂げてやろうと。『地元の福岡でお店を出したら?』とよく言われるけど、こっちで売れれば良いやんと。あっちで販売したら100%売れるのは分かっているんですが。そして、こっちで実績を積んでから福岡に行くのが目標。将来は、佐々町は本店で、福岡に支店を持って2拠点で活動していきたい」

「意地になっている、というのもおかしな話やけど。でも、田舎で活動していても買いに来てくれは人はいる。都会だったら店がいっぱいあるけん、見に入るだけの人も多い。でも、うちを目指して県外から来てくれる人がいるから、そこが良いなと。田舎だからこそ、人を目掛けてくる。それに応えたかね」

これからも、スーツで人を魅了する。
L’ECRINでしかなし得ない挑戦
式場での撮影を終え、野外での撮影現場へと向かう。この日は雨が続く中での貴重な晴天。良い写真が撮れそうだ。

魅力的な企画を打ち出しては実現させて、人の心を掴んで止まない江頭さん。次にやってみたい取り組みのイメージはあるのだろうか。

「がっつりスーツではなくて、普段から着れて使い回しができるスーツ作りを考えています。夏だったらポリとか、コットンとか、麻など選べる素材を増やして。後は、”アート×スーツ”。デザイナー、イラストレーターと組んで描いてもらったものを裏地に起用した一点ものの服。その売上の一部をイラストレーターに還元して。直近では、長崎市で活動している伊達雄一君とコラボしてアロハシャツを作る予定です。3年くらい前にsorriso risoで出会って、そのときから一緒に何かしたいよねと言っていて、最近やっと形になった」

生地に関しても、生地屋と繋がれたことで実現が可能となった。

「もともと、オーダー生地を作りたいと思っていたけど、生地屋は一反(991.736㎡)とかで買うのが普通でとてもじゃないけど手が出ない。それで諦めとったけど、生地屋さんとたまたま知り合って2m単位で売ってくれるようにしてもらえた。少し割高だけど、そのおかげでスーツもそうだけどアロハシャツなんかも作れるようになって」

今回仕立てたタキシードの裏地には、おしゃれなデザインが施されている。「遊び心ができるから面白い。自分の好きな通りにできる。誰もやったことがない取り組みやデザインが好きですね」。

「生地は同じになってくるけど、そこにデザインを入れることで一点ものになる。イラストレーターの方も、面白いと言ってくれます。なので、もっといろんなデザイナー・イラストレーターと繋がりたい」

L’ECRINの仕立てるスーツは、普通のスーツ屋より値段が高いという。実際に見させてもらった値段表を見ても、タキシードで12〜30万円、スーツで7〜30万円という相場だ。

「スーツの仕立ては単価じゃない。安いのが欲しいなら安いお店に行けば良いし、今はネットで何でも安く揃えられる。でも、こだわりのものも求めるニーズはいつの時代にもあって、お金をそこに注ぎ込みたい人は必ずおる。やけん、自分も、自分の仕立てる服も安売りすることはしません。価値を下げてまで売りたくないんで。前は高いと言われていたけど、今では高いというのはみんな知っていて、それでもSNSの写真を見てくる人が多い。そう言う人たちに対して、最大限の接客で応える。そうすると、値段以上の価値を見出してくれます」

最後に聞いてみた。江頭さんにとっての『服』とは。そして、『テーラー』の仕事とは。

「服とは、その人の魅力をその人以上に出す道具だと思ってる。そして、テーラーとは…10年以上やってきて思うのが、”頼んだ人を良い意味で裏切る”こと。イメージするじゃないですが、話し合いの段階で。それ以上の完成を目指そうと思っていて。お客さんをサプライズしてあげること、驚いて喜んでくれた笑顔を見ることが何より醍醐味やね。そうして、『L’ECRINの服に一度袖を通したら、他の所じゃ買えなくなる』と言ってもらえることがプロとしての仕事やないかな」

作ろうと思えばどこでも、いくらでも似たようなスーツは作れるという。

「だからこそ、その人と直に接して、話をして。その人の考えや思いをわかってあげないと、何が作りたいのかがわからない。着て行く場所、用途。仕事なのか、パーティーなのか、結婚式なのか、七五三なのか全て聞く。そのとき、お客さんが持って来たイメージと、それを理解した上での僕の提案と。お互いの良いとこどりのスーツを作ったら、結構ハマります。特に2着目。1着目はあまり攻めないんですが、2着目になると、その人のこともだいぶわかっているので、だから2着目からが面白いですよとみんなに言っています。1着目を作ると、他の人が着ているスーツに目が行くようになり、気になって次が欲しくなってくる。そしたら、2着目は攻めてみましょうかと提案できます。普段着ないような色やデザインを着てみて、ハマれば面白くなってくる」

さてさて、結婚式のプロデュースについて話を戻そう。準備は3月くらいから始まり、式は9月下旬を予定しているので約半年くらいをかけて支えることになる。長丁場だが、それだけ関係性も親密になり2人のために良い思い出を作ってあげたいと、身内のような気持ちで臨められるという。松永さん夫妻の門出を祝うかのような晴天の中で最高の前撮りを終えられ、江頭さんの2人を見つめる顔も穏やかだ。

「今日は天気が良くてよかった。昨日まで雨って言いよったけん。撮影場所のロケハンもやるんですが、近年では九十九島観光公園がオススメ。無料だし、人も意外と少ないし、穴場です」。

「服を通してその人の家族、人生まで見つめられる。一人一人違うけんね、物語が。見ていて面白かねぇ。そして、タキシードなのがまた良い。スーツだったら作ったらそこで終わってアフターフォローだけになるけど、タキシードだったらその人の節目、節目でリメイクしてどうなっていくかを見届けられる。その人に関わっていられる。面白いっすよ」

ひと・みせについての詳細は以下のそれぞれの記事をご覧ください。