諫早市民のソウルフードとして1981年に創業した『トミーズ』は、40年以上に渡り愛され続けるハンバーガーとクレープのお店だ。2019年にその姉妹店としてアエル商店街栄町通りにオープンした『BASE cafe』は“体を基礎から整える”をコンセプトに今やカフェとしてだけでなく、地域交流の拠点やイベントの運営基地としての役割を担っている。第5回目となる「ひとこと講座-公開取材とローカル編集-」のゲストはこの2店舗のオーナーであり、『ISAHAYAグルメフェスティバル』や、『ISAHAYA‘‘頂’’プロジェクト』、『GOO GOO MARCHE』など、多数の地域活性化プロジェクトでも代表を務める陣野真理(じんのしんり)さんだ。
諫早の魅力
陣野さんが地元・諫早に帰ってきたのは実家『トミーズ』の立て直しだけではなく、その先の諫早市の活性化にあった。そのきっかけになったのがお遍路中に聞いた“お告げ”だったが、もうひとつ象徴的なできごとがあったという。
陣野「ずーっと、人がほとんどいないところを歩いてたら、1ヶ所だけめっちゃ若者が集まってるところがあったんですよ。いい波が来るらしくて、そこにサーファーが集まってたんですね。それ見たときに、たぶんどんなに地域にも“波”があって、その”波”を見つけて上手にアピールができれば、苦労せずに人は集まるんじゃないかって考えて」
その後も歩みを進めながら、諫早の魅力についてひたすら考えた結果ある1つの答えを出した。
陣野「私なりに考えた諫早の魅力は、一次産業が盛んである、二次三次産業が盛んである、そのどちらもが存在する。この3つだなと思ってます。今もイベントをやる時には、既にある魅力を一つ一つ丁寧に洗い出していくことを大事にしています」
諫早は多良山系の山々や3つの海に囲まれており、生産品が量も種類もすごく豊富である。そして、二次・三次産業が盛んである。これは、グルメフェスティバルに諫早だけのお店で100店舗、3万5千人が集まったことがその証拠である。さらに、九州内で14番目に人口が多く、その背景にはそれだけの人口を支え得る二次三次産業の発展があると考え、その両方が存在することが諫早オリジナルの魅力であるという。この魅力を形成した大きな要因が2005年に諫早、多良見、飯盛、森山、高木、小長井をひとつにまとめた1市5町の合併である。
陣野「でも、これが諸刃の剣で、たとえば行政は多良見単体だったら、多良見のみかんをとにかく宣伝することができてたんですけど、これだけ魅力が増えちゃうとその一個、一個を尖らせることができなくて、もやっとした宣伝方法になってしまう。それを個人的に見てて、行政として一つを取り上げて積極的にアピールするっていうのはやりにくいんだろうな、と。じゃあやるか!っていうことで、人の魅力を活かす取り組みと、街の魅力を活かす取り組みを色々とやっています」
魅力を活かしたイベントづくり
『ISAHAYAグルメフェスティバル』もその内のひとつで、諫早の色々な食材と、それを使っている諫早のお店を集めて1位を決めるイベントを2014年から開催した。当初は批判の声も多かったが、最後の開催となった2019年には100店舗が参加し、来場者数が3万5千人と諫早最大級のイベントへと拡大させた。
陣野「これ一過性のイベントだったなと思いつつも、ここ4、5年ぐらいの間に10~20店舗、同年代のお店が増えてるんですよね。それで、あるお店さんに『なんで諫早に出したんですか?』って聞いたら、諫早グルメフェスティバルを見て、この地域は地元のお店を大切にする地域だなと感じた、と。ここでお店をやると長くみんなに愛されるお店ができそうだなと思って、諫早にお店を出したっていうのを聞いて、これはこれで波及効果もあったなっていうのは感じてます」
諫早の一大イベントとなり惜しまれる声もかなり多くあったが、規模が拡大したことでお客さまに“こだわりの一品”を出すことが難しくなり、理想とは違う姿になっていることに気がついた。そんな中、流行した新型コロナウイルスの影響でやりたくてもやれない状況になってしまったが、陣野さんはこれをポジティブに捉えて次のステップを見据えた。
陣野「その次の年から『ISAHAYA“頂”プロジェクト』っていうのをスタートさせていただきました。フェーズが上がったような感じですね。このネーミングは、“いただきます”っていう言葉と、“頂点”っていう2つの言葉をを掛け合わせていて、諫早は“食”によって最も注目を集めるポテンシャルを持っていると信じてやってます。諫早の食で全国的に有名になるような取り組みをしていきたいということで今活動を続けています」
このプロジェクトでは、生産者さんに丁寧な取材を行い、その魅力を伝えること。そして、その食材を地元の飲食店に新しいメニューとして提供してもらうことをメインに行なっている。これまでにジビエとイチゴを取り上げ、3回目となる今回は牡蠣をメイン食材として取り扱っている。“食”を通して一次産業と三次産業を繋いだこのプロジェクトを、二次産業に発展させた『ISAHAYA“頂”プロダクト』にも取り組んでおり、現在は飯盛で採れる「ながさき黄金」を使用した焼酎をプロデュースしている。そのほかにも商店街を賑わせている『GOO GOO MARCHE』など多方面の活性化に尽力している。
みんなが街の主役
そんな陣野さんが大事にしているのが「シビックプライドの醸成」だ。日本語に訳すと「都市に対する市民の誇り」や「郷土愛」ともとれる言葉だが具体的にはどういうことなのだろうか。
陣野「簡単に言えば、自分の得意なこととか、自分の日常が“街を動かすという実感”をみんなに感じてもらうっていうのを大事にして取り組んでます。これはグルメフェスティバルのときにお店さんから、『おいの作った料理で、こんだけお客さんが来たのが嬉しかった』って言われたときに、得意なこと褒められるってやっぱり嬉しいよねって思って。意外とそういうのを出す機会とか、人に見てもらう機会って少なくて。自分の中で当たり前にできることとか、人に見せるようなもんじゃないってところで止まってるものを、イベント化したり、人に見てもらうことによって、“諫早の中心にいる感覚”っていうのを色んな人に味わってもらいたくて。それを実感して、その人たちがまた諫早のことを好きになるっていう循環をつくりたいなって思ってます」
たとえば、子どもたちが商店街で綱引きをして遊びたいといえば、陣野さんが率先して動いてそれを実現させてあげる。子供たちが遊ぶところを大人たちが見に来ることで、自分たちが街と一体になってるっていう感覚を実感してもらうことができる。ビルが取り壊しになるときには、落書きをしたいというので、子どもたちを100人ほど集めて好き勝手に落書きをさせてあげた。
陣野「これってめちゃくちゃ強烈に記憶に残ると思うんですよね。取り壊されるところであんなことしたね、と。そこにこういう新しいビルが建ったねっていう記憶によってまた街への愛着が生まれるんじゃないかと思ってやってます」
ほかに、農業高校とばれいしょ研究所と協力して行なった、商店街でじゃがいもを作る企画『アエル農園』や、実行委員会に高校生や大学生をを交えた『GOO GOO MARCHE』など学生との交流も行なっている。子どもたちは単純に楽しみ、学生は日頃勉強していることを子どもたちに伝えたり、実践したりすることで学びの実感を得られる。そのとき限りの楽しい思い出としてだけでなく、ぞれぞれの将来につながる良い循環ができたという。
陣野「自分が自分の街を愛せるかってだいぶ重要だと思っていて、やっぱり自分が自分の住んでる街好きじゃないって、そんな不幸なことないじゃないですか?でも単純に好きになれよじゃなくて、動かす側に回る、サービスを提供する側に回ることで街が好きになれるんじゃないかと思います」
陣野さんが大事にしている「既にある魅力を一つ一つ丁寧に洗い出していく」という言葉は、諫早の素晴らしい食材と、お店と、ものづくりをより多くの人に知ってほしい純粋な気持ちの表れであるように感じた。諫早の魅力を余すことなく伝えようとする諫早愛に溢れたその姿勢に、たくさん人が引き寄せられ、これからさらに魅力ある街になることだろう。2024年には十八親和銀行諫早支店跡地に新しくカフェをオープンする予定で、手を組みたいという方は声を上げてくれたら嬉しいと、何でも受け止めてくれそうな余裕を感じた。
公開取材の様子はこちらから。
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