書くことで、自らの人生を楽しく切り拓いていく。『佐世保の自由研究』著者・山本千尋さんのライティングとは。

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“ライター”と簡単にひとことで言っても、人の個性が十人十色であるのと同じで、書き手によってその文章のかたちやつくり方は様々だ。

佐世保市を拠点に活躍しているライター・山本千尋(やまもとちひろ)さんが紡ぐ文章には、取材対象への誠実な心が込められていることはもちろん、独自のセンスが冴えわたる千尋さんのまなざしや、思わずフフッと笑いがこぼれるユーモアにあふれている。

この度の取材では、千尋さんのライターとしてのこれまでの歩みや仕事への取り組み方などをじっくりと伺った。ライターの仕事に興味がある方や現役ライターの方、そしていつかは自分で本を作ってみたいという方にも、彼女の言葉を読んでいただけたら嬉しい限りである。

『佐世保の自由研究』に託した思い
千尋さんの夫がデザインを手がけた表紙。チェック模様は四ヶ町アーケードの石畳、丸い模様はたこ焼きなど本編に出てくる題材がモチーフとなり、あちこちに散りばめられている。何がどのモチーフなのか探しながら読むのも楽しい

2022年6月、千尋さんは過去に手がけてきたウェブ記事を再編集し、1冊の本にまとめた『佐世保の自由研究』を出版した。佐世保で長年親しまれているお店やものへ千尋さん自ら取材を行い、独特の角度で深く掘り下げていくエピソードがたっぷりと11話収録されている。

一度はウェブサイトで公開されているため「どうしてわざわざ本にするの」という周りからの声もあった。しかしぼう大な情報に溢れている昨今のネット社会では、大切な情報が次々と押し流されていくことに寂しさを覚えていたという。

また、お金を払って買ってもらうという行為にハードルの高さはあるものの、ウェブ媒体だけでは出会えなかった新たな客層の人々にも手に取って読んでもらえるチャンスだ、という思いもあり、制作に踏み切った。

千尋さん「やっぱり紙としての重みを感じたかったというか、モノとして形に残したかったんですね。それに、これまで取材してきた方々にまず届けたいという思いが第一にあって。ネットに情報を放流してそれで終わりじゃなくて『ちゃんと形になりましたよ』っていうのが一番わかりやすいのが本かなって。それで作ろうと思いました」

出版するにあたっては“その後”のエピソードを添えるなど、本ならではの嬉しい特典も加えられている。取材先の方々の人間性や魅力をさらに伝えられれば、という思いがあってのことだ。

千尋さん「一度取材してそれで終わりというのは寂しいかなって思ったんです。取材先の皆さんを改めて取材した上で現在の姿をお伝えすることで、内容をより充実させたものをお届けできるかなっていうのもあって」

本の構想開始から発売までは約1年、そのうち取材や編集、本文デザイン、発行などの実務作業は千尋さん自身が3〜4ヶ月ほどの時間をかけて行ったという。そして2023年10月には第2弾の発売が予定されているとのこと、こちらも大変楽しみである。

ライター生活が軌道に乗るまで

千尋さんがライターを始める転機を迎えたのは、30歳を目前にした頃。将来に漠然とした不安を覚え思い至ったのが、これまで苦手だった「文章を書くこと」へのチャレンジだった。そんなタイミングで、毎週愛読していたフリーペーパー『ライフさせぼ』が編集記者を募集していることを知り、今がチャンスだと思い切って応募。なんと採用が決まった。

しかし現実は厳しかった。取材先とのやり取りなどの慣れない作業に追われ、企画会議では毎週アイデア出しをしなければならない。千尋さんが発案した企画は時代のニーズに合っていないとボツにされることも多かった。

千尋さん「ここではめちゃくちゃ鍛えられたと思います。落ち込むことばかりだったけど、自分の欠点が分かっただけでも良かったというか。そこは編集長がすごく厳しい人だったんですけど、企画の考え方や取材対象への向き合い方だったりとか、何より佐世保の面白いものをどうやって発掘していくかっていう目線もそこで学んだので。本当に良い経験をさせてもらったなって思っています」

3年ほど勤めたのち、在宅で仕事がしたいとフリーライターとして独立。始めはクラウドソーシングサイトを通じてコツコツと仕事を得ていたが、佐世保のローカルメディア『させぼ通信』がライターを募集していると知り応募、そこで活動することとなった。

そんな矢先、千尋さんが書いた老舗百貨店『佐世保玉屋』の記事が諸事情で公開が困難に。このままではもったいないとウェブメディア『デイリーポータルZ』内にある『自由ポータルZ』へ記事を応募しようと思いついた。そこで数度入選すれば、全国的に読者を数多く抱えるデイリーポータルZの記者として認められるという、登竜門的コーナーである。

千尋さんが書いた記事は、なんと入選一歩手前の“もう一息”に選ばれた。そこから千尋さんの情熱に火が付き、佐世保のあちこちへと取材しては自身のブログで発信を続けた。やがて幾度かの入選を経て「うちで記事を書きませんか」と打診をもらうまでになり、現在に至っている。

千尋さん「毎週金曜にドキドキしながら結果発表の画面開いてダメだったか…とかうわあ載った!って一喜一憂してましたね。入選できたのは、何より『佐世保』というテーマというか、取材した人や取材したことが魅力的だったのかなというのを一番感じていて。九州以外の人から見ると新鮮なこととか自分で気づいていなかった魅力っていうのを、向こうの人からの目線を通じて知ることも結構あったので」

楽しく生きるための術

独自のアンテナを張り巡らしては数々の面白い物事を発掘・発信し続けている千尋さん。こちらくじらの髭のように、長崎県内の様々な市町村が活用するローカルメディアなどを通じて、いろんな人の目線で切り取ったいろんな角度の佐世保を見てみたいという。

千尋さん「長崎県が情報発信に力を入れていて、市町村によっていろんな形の発信をされているのがとても楽しくて。人によって視点とかは本当に違うし、佐世保も発信する人がもっともっと増えていったらすごく楽しいだろうな、いろんな人の目線で見た佐世保をもっと見たいなっていう気持ちがすごくあって。私は佐世保豆乳の記事を書いたけど、たぶん別の人が書いたら同じ題材でも全然違う目線になるだろうし。そういうのがもっとシェアできるようになったら良いなとか思ったりしてます」

千尋さん自身、佐世保への興味は次々に湧いている。例えば佐世保玉屋名物の甘いマヨネーズを使ったサンドイッチについて。甘マヨサンドは玉屋だけでなく周辺のいくつかのお店でも提供されている。各店の紹介はもちろん、味の比較をしたり競合店への「ぶっちゃけそこんとこどうなんですか」というところにまで切り込んでいく記事を書いてみたいんです!と千尋さんは熱く語ってくれた。

執筆の仕事を生業として日々忙しなく励んでいる千尋さんだが、書くことが苦手という意識は、今でも完全に払しょくしきれていないという。それでも執筆に挑み続ける千尋さんにとって、“書くこと”とは一体どんなことなのだろうか。

千尋さん「書くことは、楽しく生きるための術。文章を書くことにまだまだコンプレックスもあるし、人の文章と見比べてへこむこともあるし、悩めることはあるんですけど。だけど書くことを通じて人と関係性がふくらんでいくのが楽しいんですよね。口で伝えきれないことをじっくり考えながら書いて、それを人に伝えて、そして人から反応をもらうっていう一連の流れにすごくやりがいを感じるというか。喜んでもらえたら万々歳ですよね、本当に。そもそも喜んでほしいと思って書くわけではないので『え、喜んでいただけるんですか!?こちらこそありがとうございます!』って感じで(笑)。そういう反応をいただけるのが思わぬ収穫というか。でも特別ビビりな部分もあるので、なんか私の道が見えたぞっていう時は本当に大丈夫かい?って自問しています。ひょっとしたら、自分で自分をビシビシ焚きつけるのが好きなのかもしれないですね。基本は甘やかしなんですけど、足裏マッサージくらいの痛気持ちいいレべルでやっていく、みたいな」

千尋さんが書いた記事を読むと、紹介されているお店や人に会いに行きたくなる。彼女が紡ぐ言葉にはあたたかい不思議な力があって、まるで「こっちに面白いところがあるから、一緒に遊ぼうよ!」といざなわれている心地になるのだ。

もし、あなたがまだ千尋さんが書いた文章や本を読んだことがないのであれば、ぜひ読んでほしい。きっとその真摯な言葉の数々に心を打たれるだろう。

山本千尋さんの「ひと」の記事はこちらをご覧ください。