新しい価値を生み出すのが、”これからの観光”。波佐見町のバスツーリズム『新栄観光』が繰り出す新プランは、陸から……海!?

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世の中は、まさしく『ニューノーマル』の時代へ突入した。昨今のコロナ禍により、さまざまな業界が新しい生活の、社会の形を提案・実践している。身近なことに関しては、外出先ではマスクを付けることが当たり前の風景へ変わり、リモートワークで会社に行かなくても仕事ができるようになった。ライフスタイルが過渡期を迎える中、観光業界でもメタバース(仮想空間)を活用したビジネスモデルが世界各国で出てきている。「だけど、リアル(現実)がなくなることはないと思います」と、波佐見町のバスツーリズム『新栄観光』の山脇慎太郎さんは語る。これからの観光業の在り方とは何だろうか。

コロナ禍がきっかけで構想した、
『大村湾』を活用した”海上”観光

コロナ禍が与えた被害は観光業にとって甚大なものだ。だけど、だからこそ見えてきた部分もあるという。

山脇 「現在では、大手企業などはオンラインツアーを組んでみたりメタバースを利用してみたりと、これから何でもデジタルマーケティングへと移行していくように思います。ですが、リアルの部分がゼロになるということもないはずです。たとえ、縮小していったとしてもその中で新しいことが必要になるはずだと。なので、大手と一緒のようなことをやっていても勝てないのは目に見えていますし、逆に大手が諦めていった部分をもう一度深掘りして、リアルな部分においても同じく進化しておく必要があると私は考えています。そこで、現在考えている『大村湾』というのが、その部分にあたります」

大村湾海上でクルージングやフィッシングを楽しむ。それが、山脇さんが考える海上観光構想だ。

「コロナ禍になってから思いついたことです。私は、それまでアウトドアには興味がなかったのですが、子どもが安心して遊べる場所が限られてくる中で、『お父さん、釣りに連れて行ってよ』と。糸も巻いたことないし、ちょっと待てと(笑)。どうやってやるのと。面倒くさがりなので、細かい作業とか苦手なのですが、この前初めて釣りを体験しまして。やり出せば、すごく面白いものだと思いました。そして、都会の人から見ると、気軽に釣りができる環境ってとても珍しい体験で、貴重な対価になり得るなと。そういうのは、旅行プランとして商品化していけたらきっと海でも成立するはずだと考えました」 

具体的な構想としては、クルーザーを大村湾に浮かべ、基本的には小規模グループでのクルージング。修学旅行や教育旅行もシェアに入れながら取り組むというものだ。

「この前、長崎県松浦市福島町にある『九州グランピング ビレッジシーグラン』でクルージング体験をしました。対岸の佐賀県伊万里市波多津町でFRP(ガラス繊維強化プラスチック)船を建造している浦田造船所(浦田文明社長)が運営しているのですが、海上観光の可能性を感じました」

「大村湾は波が穏やかなので、ビギナー向けの海でもあるのかなと。都会で海に行く機会が少ない旅行者に対し、2泊3日の旅行期間があるなら半日はこのような海上体験があっても良い。正直、長崎に来た人たちをどこに連れていくかという時に、決まりきったプランニングになりがちです。だったら、釣れるかどうかわからないにしても、海上体験を入れてあげたら旅行者の記憶に残ってくれるのかなと。夕陽も綺麗だし、海上でクルーズフィッシングできれば、きっと思い出に残る良い体験になると思います」

真のインバウンド事業は、
『小規模』スタイルに活路アリ

コロナ禍にも対応した小規模スタイルでの、大村湾をメインにおいたマリンツーリズム。それが実現した未来では、長崎の観光業界にニューノーマルをもたらすことは間違いないだろう。

「これなら新鮮だし、自分も知らないことだらけなので勉強しなければいけません。だけど、それがまた面白い。だから、思いついた時は自分の中にスーッと入ってきました。佐世保市のIR事業や長崎市への新幹線事業とか、今後の県を取り巻くインフラ環境はマイナスではありません。コロナで今後も大きい需要が見込めないかもしれない未来において、小規模の旅行商品を東彼杵町や川棚町、波佐見町の様々な業種の人と作り上げていく。半日は波佐見町で焼き物体験、半日は東彼杵でクルージング。長崎県という地の利を生かしたパッケージ化を実現したいですね」

また、このスタイルであれば真の意味でインバウンドも成立すると考えている。

「インバウンドそのものが悪いというわけではありません。小規模のスタイルであれば、ただ安いだけに飛びつくのではなく、文化的な価値をわかってくれる人が集まりやすい。爆買いをするのではなく、素敵な景色や時間に対価を払ってくれる人や、コミュニティに価値を見出してくれる人が集まってくれるのではないでしょうか。それは、同時に地方の強みにもなってきます。自分達が出かけるよりも先に、暮らしている町がどんな歴史文化があるのかを人を含めて伝えていければ。今まで、バスガイドや添乗員が旗を持って先導するのが普通でしたが、地元の人と直接触れ合う体験は、きっと面白い。8割が前者でしょうが、2割くらいの小さい規模でそんな観光事業ができればと思います」

対応する業者も、その方が圧倒的に楽だという。

「不特定多数の、その場限りの人たち、一人ひとりに対応していたら、予期せぬトラブルに見舞われたりと、とんでもないことになります。その対応に追われてしまい、大変になるのは目に見えています。ですが、予めコンセプトを理解してくれる20人くらいが集まってくれていると、スタートの時点で相互理解できているので、スムーズに旅行者も観光業者もみんなが楽しめる旅行になりやすい。以前、波佐見町にPUSHIMさんがコロナ禍の中で200人くらいのLIVEコンサートを開いてくれたのですが、何も困らなかった。PUSHIMさんも、彼女のファンも、お互いに良い歳の取り方をしているので、マスクをしたりだとか当たり前のルールをきちんと守ってイベントを楽しめるんですよ。なので、長崎という地を理解してくれて、こういう新しい観光商品を理解してくれる人だけに届いてくれれば良いのかなと。それは、私たちにとっても精神的に良いです(笑)」

業種の垣根を越えて、県の魅力を伝える。
オモシロい企画が、人を招き、幸福を招く

「ハマったら面白いはずですが、実現までのハードルはなかなかに高い。実際には、クルーザーという先立つものが必要になるので、バスを売却して船へと変えるか、他の方法を模索するか。いっそのこと、バスをくり抜いて水陸両用車にするとか(笑)。また、いかんせん波佐見町は海がないので(笑)、船を川棚町に停めるかどうか。ただ、海がない町がパッケージを出すことは、それも少し面白いのかなと思います。操船免許は、スタッフみんな取りました。海上の状況が良ければ大丈夫なのでしょうが、波風が立った時とか、陸よりははるかに危険な場所なのでまずは慣れてる人に教わりながら。バスもそうですが、なにより安全、安心が大事なので」

この事業が進めば、また新たな事業構想も芽生えるかもしれない。なにより、構想には常に笑いが絶えない。笑いが絶えない観光会社が繰り出すプランは、面白いに違いない。様々なアプローチによる思い出作りを考え、発信する姿勢は今後も貫いていく。

「サンセットクルーズができる屋形船も良いですよね。大村湾ならキスも釣れるし。そこで釣った魚で天ぷらを揚げて、船上でお酒を飲めたら間違いなく最高です。だから、せっかく事業をさせてもらっている以上は、早い段階で取り組みたいという思いはあります。ただ、これまではどこかひとつの企業が飛び抜けて頑張れば成り立ったのでしょうが、これからはいろんな企業や業種の方がいろんな垣根を越えて協力して良いものを結びつけていく。そこに価値があると思います」

世の中が、いくらデジタルへとシフトしたとしても、リアルはこれからもなくならない。だからこそ、リアルな現場を進化させておく必要がある。今までの”資源に頼る観光”を脱し、これからの”資源を活かす観光”へ。山脇さんの、観光に対するワクワクを追求する心の輝きが失われることはない。

ひと・みせについての詳細は以下のそれぞれの記事をご覧ください。