“ハマる”を原動力に、行動と思考を積み重ねながら確かな歩みを続ける。『松尾農園 代表 松尾秀平さん』

取材

公開取材映像配信 / 写真

松浦市志佐町にある創業70年の種苗店「松尾農園」の三代目である松尾秀平さん。

松尾さんは27歳で家業を手伝うため地元に戻り、30歳で跡を継いだ。

その同年、店舗近くに野菜直売所&コーヒースタンド「Matsuo Nouen + Coffee」を奥さんと共に開き、2年後には「松尾農園」の種を販売するオンラインショップもオープン。

松尾農園オンラインショップはこちら→ https://www.matsuonouen.net

現在は、アジの漁獲量日本一の松浦市を“アジフライの聖地”として盛り上げるプロジェクトの一環として、アジフライを使用したメニューの提供やグッズの販売も行っている。

松浦市を語るうえでは外せないキーパーソンの一人だ。

爽やかな笑顔と穏やかな物腰が魅力の松尾さん。その歩みを振り返ると、“ハマる”を原動力とした熱い行動と、冷静な思考と選択の積み重ねだった。

一見真逆に見える2つの要素が繋がり、まるで1本の木のように成長し続けている。

松尾さんの行動と思考の種とはいったい。どんな影響を受け、どんな風に形を変え、今に至ったのだろうか。

(この記事は、2023/9/8に開催された公開取材をもとに編集しています。)

公開取材の様子はこちら。

松尾「ハマるとそればっかりやるタイプで。」

とても活発で、良く言えば好奇心旺盛、悪く言えばイタズラ小僧。時に近所の大人たちを困惑させることもしばしばだったという松尾さんの少年時代。

とにかく何事に対しても「ハマるととことん」タイプだったそうだ。

松尾「高校ぐらいまでゲームとかが好きだから、ポケモンとかも。初代151匹いるじゃないですか。70匹ぐらいレベル100にしてましたもんね、地道に。でもその70匹目をレベル100にしたあたりで、(周りの)みんながやらなくなって。あ、なんか一生懸命頑張ったことでも一瞬で必要ないことになるんだなっていう。悲しい教訓はちょっと受けましたね」

高校2年生のとき、仲の良かった友人が大学に行くと言い出したことが松尾さんのヤル気に火をつけた。「点数が上がると、ゲームでレベルが上がったのと同じように感じたときに、ちょっと面白くなって」。8倍もの倍率をくぐり抜け、長崎大学水産学部に見事合格した。

勉強の傍ら、松尾さんはオーケストラ部に入部。そこでチェロの魅力にハマってしまい、同部員でフルート担当だった奥さまにもハマってしまうのだ。

松尾「えっとですね、チェロのいいところは、あのメロディーラインと低音の面白さと、両方いけるんですよ。あの、ビート刻んだりとか、ベースみたいな感じでいくけど、メロディーも結構入れられる。低音の美しい音色になるから上手だったら……自分はあれですけど。低音のズンズンみたいな迫力あるやつ、すごい面白かったですね」

松尾「(チェロと)フルートって相性良いんですけど。一緒にやろうって言うんですけどあんまり合わせてくれなくて」

ちなみに奥さんは、松尾さんが人生で一番“ハマり続けている”人物だ。28歳で結婚に至るまでのエピソードを語れば軽く2時間は話せるというほどの愛妻家っぷりである。

そんな運命の出逢いを経て、松尾さんは大学を卒業後、「株式会社ジャパネットたかた」に進路を決めた。水産学部との繋がりは薄いように感じるが、「特にその時に何がやりたいとかではなかったけど、地元の近い長崎の企業だし、面白そうだと思った」とのこと。

最終面接時にはなんとチェロを持参し、ジャパネットのテーマソングを弾くという一芸を披露。合格し、技術職として採用された。

通販番組の画面上にテロップを出すなどの仕事をしながら、元社長・髙田明氏の考えにさまざまな影響を受けてきたそうだ(22:00あたりで松尾さんによる高クオリティなモノマネがご覧いただけます)。

松尾「お客さんが(商品を)使ったときにどういう風に喜んでもらえるかってのの、こう、考察だったりとか伝え方がめちゃくちゃ上手くて。『お子さまが産まれたらカメラを買ってください、それでお子さまを撮ってください、そして、自分や街並みを撮ってみてください。お子さまが大きくなって面白いのって若いお父さんお母さんや、当時の街並みとかだから、ぜひそれを残してほしい』って、言われて初めてナルホドって思うのを、こう、言える。伝え方の天才だなと思って。今、自分がネットショップとか色々やってますけど、それのベースになる考え方にはなったかなと思いますね」

働き始めて2年目ぐらいのときだった。

仕事はとても楽しかった。自分の強みや弱みもだんだん分かってきた。自分で試してやってみるのが好きで、効率よく物事を進めるための業務改善を考えることも好きだったが、やはり会社員では限界があると気がついた。

そこで、自営業への興味の芽がひょっこりと出たのである。

その芽が成長し蕾となるまでのあいだ、実に綿密な準備が松尾さんの頭の中で行われていたようだ。

松尾「なんかするなら思いつきではあんまりしなくて。それをやるには、この、これとこれとこれ抑えないと、とか、こうしたらどうなるとか、結構 妄想するタイプなので。自営業するなら多分、経理の勉強しないといけないだろうし。まあ少なくとも4、500万ぐらいお店内作るにはしないといけないしとか思った上で、で、2年目ぐらいからじゃあまず、5年目まで働いた時に貯金を400万ぐらいしようとか。で、もしそれが達成できないなら自分がお金を運用できるっていう能力がないってことだから、ちゃんとできないとダメだと思って。そして5年目にそれをした時に達成した上で、職場の仕事や環境も変わってるだろうから 。それをやりたいと思えば続けて、その400万結婚資金に回せばいいし、その時にやりたいと思ってるならその資金使ってやればいいので、って、思ってやって5年目になって。だんだんやっぱりどんどんやりたい気持ちの方が大きくなったので。まあ、5年で決着つけて辞めて、戻ってきたっていう感じですね」

目標の5年目まで勤め上げた松尾さんは、まずは自営業の勉強から始めようと、実家の「松尾農園」の手伝いをすることにした。27歳のことだった。

松尾「自営業に興味あったけど、具体的に何ってなくて。ただ自分がそれまで得意だったことを考えると、カフェとかイベント企画とかそっち系かなって」

実は、一度実感で学んだ後は、市外に出ることも考えていたという松尾さん。

松尾「実際戻ってちょっと1回自営業の勉強してから出ていくつもりだったんですけど、『4Hクラブ(全国農業青年クラブ)』っていう農業の若手のクラブがあって、そこで会った人たちがすごい面白くて。農業にこんなこの 、業種もなんかすごい面白いことやってる人とか、若い人もいてなんかいいなと思ったので」

自営業に憧れはあったものの、特に職種へのこだわりはなかった松尾さん。農業や実家の種苗店の面白さにハマってしまう出来事となった。

一見、スーパーで販売されている野菜は「かぼちゃ」や「トマト」など品名でひとくくりにされてしまいがちだが、実は品種が膨大にある。

営利目的か家庭用かでも、実入の数や味、育てやすさといった特徴は大きく異なるのだ。

松尾「これってすごいちゃんと伝わると、お客さんもっと楽しんでもらえるなと思ったので。そういうなんかの伝えたいなって思うのが、これまだかなりビジネスとしてもだけど、なんかあのまだまだ可能性がある業界だなっていうのを感じたので、そういうのが興味が乗ってきましたね」

こうして3年間、結婚してからは奥さんとともに実家の種苗の販売や農業の手伝いを続け、30歳を迎えたその年に「松尾農園」を継いだのである。

松尾「この業界やりながら自分のしたいことも増やしていければなと思いながら、跡継ぎっていうのを決めたって感じです」

松尾さんの半生の木は、大切な家族が増え家業を継ぐことで太い幹となった。松尾さんのやりたいことの枝葉は今もどんどん伸びて広がりをみせていく。

ここからのお話は、『松尾農園/Matsuo Nouen + Coffee』編で、松尾さんのこれからの想いなども含めてお伝えしていきます。

『松尾農園/Matsuo Nouen + Coffee』の「みせ」の記事は、こちらをご覧ください。