安定を捨てイバラの道へ。‘‘楽しい人生、おいしい人生のサポーター’’『大安歯科医院』安定を捨てイバラの道へ

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東彼杵中学校の真横、国道205号線から一本入ったところに位置する大安(だいあん)歯科医院。「楽しい人生、おいしい人生のサポーター」という理念のもとメンテナンスの重要性を伝え続け、健康な人がたくさんくる歯科医院となって20周年を迎えた。患者さん一人ひとりに寄り添い、健康のサポートを続ける大安ご夫妻にお話を伺った。

地元への恩返し

大安歯科医院を開業され現在も院長を務める大安努(つとむ)さん。元々は長崎大学歯学部で研究、臨床、教育者として働いていた。研究テーマは歯科用金属アレルギーについて。大学院を卒業後、研究と臨床を10年ほど続けていたが、ふと将来の目標について迷うことがあったという。そんなとき歯科医院を開業している先輩に飲みに誘われる。

努「話を聞いてたらすごく面白そうで。せっかく歯科医師になったから大学勤務で一生を終えるのはもったいない、色々経験してみたいと思って。年齢的にもそのとき34歳で、なんか自分の中で決めていかんといけんってボヤっとした思いがあって。で、勢いがあったんでしょうね。なにか今動き出さないと手遅れになる。最後のチャンスになるって気持ちがあったような気はしますね」

それからすぐに動き出した。開業場所を求めて大村市から県内を探し回り、地元東彼杵町に辿り着いた。第一候補は現在歯科が建つすぐそば、国道205号線沿いの土地。しかし、使う予定があると地主さんからの了承は得られず、現在の場所に決まった。

大学勤務という安定した立場にありながらこれまでの生活を捨てるほどの大きな決断をした努さん。上手くいくに違いないと、不思議と不安はなかったという。しかし、当時同じく長崎大学で歯科衛生士として働いていた妻、綾乃(あやの)さんの心境は正反対だった。

努「結婚したときは大学で働いてて、ずっと大学にいるつもりだったから。家内は特に大学の方が地元だからずっといるもんだと思ってて。東彼杵に帰るって言ったら大反対で。なんでここを離れなといけんとって(笑)」

綾乃「東彼杵町がとても静かじゃないですか。生まれた時から割と賑やかなところに住んでたから、ここで暮らすっていうのが想像もできてないしピンとも来てなくて、行きたくないっていうのがあったのと。もうひとつはすごく大きな借金をしなくちゃいけないっていうのが、そこが一番だったですけど。私も同じ大学で公務員として勤めていたので、安定収入があるのにここから離れてチャレンジするってどうなのって、割とネガティブな感じでしばらく反対してました」

結果的に説得には数ヶ月を要したが、綾乃さんは努さんのある思いが心を動かしたと教えてくれた。

綾乃「東彼杵で子供のとき過ごしてきたりとか、当時夫の両親もいたので日頃お世話になっている地域の皆さんに対しての恩返しってことを言われたときに、それでちょっとなびいたというか」

努「この町が好きだから、自分みたいなもんでもこの地域の役に立ちたいというか、なにかしら役割があるんじゃないかと思って。東彼杵町の口の中の健康レベルをあげるんだっていう若々しい思いがあったのも開業したひとつのきっかけではありますね」

あまり表情を変えない努さんも綾乃さんに引っ張られてか当時からの熱い思いを話してくれた。

ご縁や繋がりに感謝

2022年には20周年を迎えた大安歯科医院。現在は2回の増築を経て、診療台が8台常設されており、スタッフはドクター、歯科衛生士、アシスタント、アルバイトを合わせて17名ほどが在籍している。できるだけたくさんの患者さんを診たいという当初の目標を実現し、患者さんにとっても安心できる環境が整備された。

努「治療を沢山するっていうよりも、メンテナンスの人で溢れるような歯科医院にしたくて。要するに健康な人がたくさん来る。一部で病気の人を診る。そうするにはある程度病院が大きくないと受けられないので」

開業当初からメンテナンスの重要性を伝え続けた結果、現在では半数以上の患者さんがメンテナンスで来院されている。定期的にメンテナンスに来てもらうことで、お口の異常を早期発見できるほか、治療が短時間で済むという利点もある。病気をなくすという医療倫理の原則に則り、病気にならないようにメンテナンスに来てもらい、お口の状態をチェックする。そういう文化がこの20年で少しづつ根付いていることが嬉しいと努さんは話す。

こうして今でこそ安定した運営を続けられているが、初めは自信とは裏腹に上手くいかなかったことも多かったそう。歯科衛生士を募集するも応募がなかったため、努さんがドクターを務め、歯科衛生士の綾乃さんと、3人のアシスタントの5人でスタートした。

綾乃「1日に、1~2人しか患者さまがお見えにならなかったり、予約はもちろん入らない。そんな状況で」

努「元々田んぼだったところで国道から一本入ってるでしょ、そんなところに歯医者がポンと建ってるからみんなわからなくて。本当口コミしかなくて」

お店とは違い、それぞれにかかりつけ医があり、あそこに病院ができたみたいだから行ってみよう、とは中々ならない。大安歯科医院も初めは患者さんに来てもらうことに苦労したそうだ。しかし、3年は覚悟していたという努さんの予想は地元の人たちのご縁によって幸いにも裏切られる。

努「でも早々に、ばあちゃんに世話になったとよとか、親父やお袋に世話になったっていう人たちが来てくれて、そこから数がずっと増えてきた」

家族や親戚などの繋がりから口コミで広まっていき、大安歯科医院は上手く軌道に乗ることができた。増築前は一時的に診療台が足りず、予約が全然取れないと患者さま言われることもあったそうだが、「もちろん大安歯科に来ていただければ嬉しいけど、どこかの歯医者さんできちんと診てもらってるなら、健康なお口になってるなら結果同じなので、それでもいいんじゃないかなって、その患者さまが健康になれば私たちはそれでいい」と綾乃さんは話す。続けて、

綾乃「『今たくさんの患者さんに来ていただいてるけど、それに対応できてるのはスタッフがたくさんいてくれるからでもあります。健康な方たちが増えてほしいっていう強い思いはあるんだけど、それを主に担う歯科衛生士がいないと実現できなくて、それで苦労した時期も長かったです。ここ3、4年ぐらいですかね。スタッフの人数が充実してきて、長く仕事をしてくれる人が増えてきたのが。思いがあるだけじゃなかなかできないんだと思って、一緒に仕事をしてくれるスタッフはじめ、色んな人たちに感謝ですよね」

努「子どもが小さいときに一緒に晩御飯食べたかったけど、最初はなかなか難しくて。遅い時間じゃないと来院できない患者さんもいるから、どうしようかと思ったときに、後輩が開業して『何時まで診療する予定ですか?』って聞いたら19:30って言うけん『困ったときはお願いします!』って言って。夜にしか行けない方を診てもらうようにお願いした。そのおかげで今は18時には閉めてるんですけど。それが可能になったのはそういう感覚っていうか。助かってますね。スタッフもその方が働きやすいだろうし、子育てしながら働いているスタッフもいるので時間を取れることが大事かなって思ってます」

地元のご縁や繋がりに感謝を忘れない大安ご夫妻。これからは歯科医院としてだけでなく、町内全体と関わり合うより心強いサポーターになることだろう。

最後に今後の展望についてお2人に伺った。

努「最初に開業するときに地域の役割みたいなことを言ったけど、何となくそれが実現し始めた気がしてて、役割を果たしているんじゃないかなと。今は施設にも往診に行ってて、もちろん自分たちの成果だけじゃないけどそこの肺炎の方がグッと減ったんですよ。お口の健康と全身の健康は繋がってるので、そういうのも役割を感じ始めてて。だから、往診や訪問口腔ケアは継続できればいいなと」

綾乃「あと子供たちのお口の健康もね。子供たちとメンテナンスと訪問歯科には今後も力を入れて。子どものうちに健康だったらいい状態で大人になれますよね。そういうところを今後もしっかりやっていきたいです」

「ひと」「こと」の記事につきましては、以下をご覧ください。