ジビエとアロマ、料理人が学んだ土地の恵み

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食を通じて、人と土地をつなぐ「長崎鶴亀屋 料理人編」

食を通じて、人と人、土地と料理人がつながる場をつくる。そんな想いから始まったのが「長崎鶴亀屋」です。長崎県内の料理人や生産者、食に関わる人々が集い、現場で学び、語り合いながら、新しい食文化を育てていく。鶴亀屋は単なる勉強会でもイベントでもありません。時には生産の現場に足を運び、素材の背景を知り、その土地で暮らす人の話を聞く。そして得た学びをそれぞれの厨房へ持ち帰り、料理という形で表現していく。そんな共創の場として、これまでさまざまな取り組みが続けられてきました。

追憶-Réminiscence(ついおく-レミニセンス) / 深田 伸治氏

今回開催された「〜料理人編 〜平戸・松浦 ジビエとアロマを学ぶ」には、県内各地から約20名の料理人が参加しました。中心となったのは諫早市で追憶-Réminiscenceをいとなむ深田伸治(フカダシンジ)さんと雲仙福田屋の料理長を務める草野玲(クサノアキラ)さん。

雲仙福田屋 / 料理長 草野 玲氏

長崎の食の未来を見据えながら、料理人同士が学び合う場をつくろうと企画されたものです。二日間のテーマは「ジビエ」と「アロマ」。一見すると異なる二つの素材ですが、その根底には「土地の恵みとどう向き合うか」という共通の問いがあります。

命を扱うということ。ジビエから始まった学び

一日目のテーマはジビエ。講師として迎えられたのは、株式会社GreenPeaceの現場に深く関わる部長山口龍一郎(ヤマグチリュウイチロウ)さんです。近年、全国各地で野生動物による農作物被害が深刻化しています。とくにイノシシは農家にとって大きな課題の一つになっています。しかしその一方で、捕獲された命をどのように活かすのかという問題もあります。平戸では多い時で年間およそ5,800頭のイノシシが捕獲されています。しかし、そのすべてが食材として活用されるわけではありません。実際に食肉として処理施設に持ち込まれるのは年間約1,000頭ほど。さらに、その中でも食肉として利用できる部分は3〜4割程度で、残りの6〜7割は皮や骨、内臓などとして廃棄や加工用に回されます。命をいただく以上、その価値をどう活かすかがジビエの現場では大きな課題となっています。捕獲されたイノシシは、適切な処理体制が整わなければ廃棄されてしまうことも少なくありません。山口さんは、そうした現状を背景に、ジビエという食材の可能性について語りました。

「命をいただくということを、料理人としてどう考えるか」その言葉は、参加している料理人たちの空気を少し変えます。イノシシという食材は、単なる肉ではありません。野山を駆け回り、自然の中で育った命です。その肉質は捕獲の方法や処理の仕方によって大きく変わります。血抜きのタイミング、解体の技術、温度管理。いくつもの工程が重なって初めて、料理として扱える状態になるのです。普段、料理人の元に届く食材は、すでに整えられた状態であることがほとんどです。しかしその背後には、多くの工程と人の手があります。ジビエの現場に触れることで、料理人たちはそのことを改めて実感することになりました。

料理人たちが向き合った、イノシシという素材

調理が始まると、料理人たちはそれぞれの視点で食材と向き合い始めます。肉の状態を確かめ、香りを感じ、火入れを考える。普段の厨房とは違う環境の中で、自然と会話も生まれていきました。「この部位はどんな料理に向いているだろう」「脂の入り方がいいですね」イノシシの肉は個体差が大きい食材でもあります。野生の環境で育った肉は力強さがあり、部位ごとに味わいや食感も異なります。その特徴をどう活かすかは料理人の腕の見せどころでもあります。

参加した料理人たちは、互いの経験や感覚を共有しながら、イノシシという食材の可能性を探っていきました。現場には、料理人ならではの真剣な視線と、食材への好奇心が入り混じった独特の空気が流れていました。

食べることで見えてくる、ジビエの可能性
島田英治氏

今回のジビエ調理を指導したのは、長崎県出身で東京・銀座のフレンチレストラン「vinpicoeur Ginza」のシェフ、島田英治さんです。島田さんはフランスの伝統料理「パテ・クルート」の世界大会「第10回パテ・クルート世界選手権」でファイナリストにも選ばれた料理人。国内外で経験を重ねながら、食材と丁寧に向き合う料理を続けています。調理のあとは試食の時間です。仕上がった料理を囲みながら、自然とクロストークが始まります。「思ったよりクセがないですね」「処理が丁寧だと全然違いますね」。ジビエというと、強いクセや扱いの難しさを想像する人も少なくありません。しかし適切に処理された肉は、驚くほど繊細な味わいを持っています。料理人たちはそれぞれの店でどう活かせるかを考えながら、真剣に味を確かめていました。同時に、ジビエが地域資源として持つ可能性についても話題が広がります。地域にある命を、料理としてどう表現するのか。その問いは、料理人にとって大きなテーマでもあります。

香りから広がる料理の世界

二日目のテーマはアロマ。場所は松浦市にあるARUTAM(アルタム)蒸留所です。代表の田代和誠(タシロカズシゲ)さんに蒸留のお話を伺いました。植物から香りを抽出する蒸留の工程を前に、料理人たちは香りの立ち上がりや変化に耳を澄ませながら、その背景にある自然や土地の環境にも思いを巡らせます。香りは味覚と同じくらい、料理の印象を大きく左右するもの。蒸留の様子を見ながら、料理人たちはその香りをどう料理に取り入れるか、それぞれの発想を膨らませていました。

前田 裕治氏

後半には、同じ松浦市で農業を営むカラフルファームの前田裕治(マエダユウジ)さんをゲストに迎えました。会場には7種類の芳香蒸留水と、色とりどりのエディブルフラワー(食べられる花)が並び、料理人たちは香りや味を確かめながら自然と会話を重ねていきます。

植物が育つ土地の気候や環境、そこに流れる時間。前田さんの言葉を通して、その土地の記憶に触れるような時間となりました。料理人たちは蒸留水を試飲したり、実際にエディブルフラワーを手に取りながら、その香りや味わいを確かめていきます。花びらをひとつ口に運ぶと、見た目の繊細さからは想像していなかった、どこかかぼちゃを思わせるような風味が広がり、私にはそれが少し意外にも感じられました。食材としての植物だけではなく、香りや風土そのものをどう一皿に表現していくのか。活発な意見交換が続き、会場は賑やかな空気に包まれていました。ジビエという「命」と向き合った一日目とはまた違う角度から、食材を見つめ直す時間となりました。

それぞれの厨房へ持ち帰る学び

二日間の学びは、何か一つの答えを持ち帰るためのものではありません。ジビエという命に触れ、植物の香りを知る。その体験を通して、料理人たちがそれぞれの視点を持ち帰ることに意味があります。厨房に立つ日常の中で、食材は当たり前のように目の前にあります。

しかしその背後には、自然の循環や人のいとなみがあります。平戸と松浦で過ごした二日間は、料理人たちにとって静かで確かな刺激となりました。この経験が、それぞれの厨房でどんな料理として表現されていくのか。その先に生まれる新しい味わいが、今から楽しみです。

ジャンルを越えて、料理人が集まる時間

最後に、今回集まった料理人たちがそれぞれ地元の食材を活かし、平戸のSumiya Heritage Hotelに場所を移し、料理を振る舞う時間もありました。約20名近くの料理人がジャンルの垣根を越えて一つの場に立ち、それぞれの感性で料理を仕上げていきます。フレンチ、日本料理、洋食など背景はさまざまですが、目の前の食材と向き合い、料理をつくる姿には共通するものがあります。それは、「純粋に料理が好きだ」という事を側から見ていても滲み出ているように感じました。

その場で同じように腕を振るっていた草野さんが、ふと「ジャンルレス!」と笑いながら口にした言葉が印象に残りました。ジャンルを越えて料理人が集まり、同じ食材を前に語り合い、料理をつくる。そんな時間そのものが、この二日間の学びを象徴していたように感じます。

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