東彼杵町千綿宿郷にある製茶問屋『有限会社 岡田商会』は、長年に渡りそのぎ茶の製造と販売を行っている会社です。工場に併設された店舗では急須で淹れて飲むお茶はもちろんのこと、ティーバッグや水出しなどあらゆる生活スタイルに合わせた商品も豊富に揃っており、お店へ何度も足しげく通うリピーターは少なくありません。
また、徹底したお茶づくりは高く評価され、一般消費者が審査を行う『日本茶AWARD』にて日本一を獲得(2017年度)。ひと口飲めば「美味しい!」と思わず言ってしまうほど、香り豊かで風味がふくよかなそのぎ茶を作り続けています。この度のインタビューでは代表取締役を務める三代目の岡田金助さん(写真下段左)、四代目の浩幸さん(写真下段中央)にお話を伺いました。
岡田商会のはじまり
岡田商会が創業したのは昭和28年ですが、お茶を扱うようになったのはさらに昭和の前の時代までさかのぼります。金助さんのおじい様が中心となって立ち上げた『長崎県製茶株式会社』が岡田商会の前身となっているそう。
『長崎県製茶株式会社』では長崎じゅうで生産されたお茶を取り扱っており、国内の取引に留まらず中国の上海までお茶を輸出していました。
金助さん(以下金助)「かつては祖父たちが自家商品のためにお茶を年中作っていたのですが、それがどんどん売れるようになって。そこで会社を作り、長崎市の貿易会社を通じてお茶を海外へと送っていました。岡田商会のマークに鶴の絵が描いてあるでしょう。これは当時“鶴の港”長崎港を示す鶴の絵を『長崎県製茶株式会社』がトレードマークとして使っていた名残なんですよ」
やがて終戦を迎え、商売への統制がほどかれたことで「自由にお茶を売っていこう」と仲間のお茶屋さんたちが次々と独立。岡田商会も独立し、一軒の製茶問屋として創業することとなります。
嗜好品に変わっていくお茶
今となっては全国有数のお茶どころとなっている東彼杵町ですが、昭和の初めごろはまだ茶工場が少ない状況でした。工場を作るには相当高額なお金がかかってしまうためです。そこで岡田商会は工場を設立するための資金援助を行い、お茶農家さんを支援しました。
次第に年月が経つにつれてお茶農家さんや工場が増えていったこと、戦争が終わり高度経済成長期へと国が変わっていったことも相まって、お茶を作れば作るだけ売れる大量生産・大量消費の時代へと突入していきます。
金助「自分が営業に回ってた若い頃はとにかく大量注文が多かったです。例えば北九州に2トントラックで営業に行ったとき、先方さんから『あなたが乗ってきたトラック2台分のお茶が買いたい』って注文を受けて。その後4トン分製茶してどうにか持って行ったら『また同じだけ持ってきてほしい』と。それだけ当時はよくお茶が売れてたんです」
しかし、時代はさらに変化していきます。家族でゆったりと食卓を囲み、ご飯・みそ汁・一杯のお茶が主流だった家庭での食事が、夫婦共働きで忙しくなりコーヒーにトーストなどの手軽な食事へと変化してきたことでお茶の消費が落ち始めていました。
金助「こうした生活スタイルの変化を受けて、生活必需品だったお茶が嗜好品に変わっていくと思ったんです。そこでどうやって生き残っていくかって考えて。その中でお客様のお口に合うお茶を作るために色々と工夫を凝らしてきました。お茶の良し悪しは一に原葉、いかに上等な茶葉を作るか。二に蒸し、いかに上手く蒸すか。そして三に機械、いかに製茶の機械を使いこなすか。この3つが決め手と言われていますから、茶葉の生産農家さんには『こういうものを作ってほしい』とお願いすることもあります」
また、熱した釜で炒って仕上げる伝統的な『釜炒り茶』から、高温の蒸気で茶葉を蒸していく『蒸し製緑茶』をお客様に求められるケースも徐々に増加。綺麗な緑が映えるお茶が特に若い世代に好まれたのです。岡田商会でも釜から蒸しに変えようと、提携しているお茶農家さんへの新たな設備投資や研究などを積極的に行いました。
金助「嗜好品であればあるほどどうやってお茶を飲んでもらうかって考えなくちゃならないし、時代ごとの生活スタイルに合わせて我々の商売も変わらなければなりません。いかに環境に対応していくかにかかっていますね。色々と頑張っていくなかでお客様から『今年の新茶おいしかったよ!』など反応をいただくと心からホッとしますよ」
日本一を獲得した『やまぎり』
一般消費者が評価を決める『日本茶AWARD』。岡田商会は2017年度に『やまぎり』というお茶で日本一を獲得しています。2017年は長崎で初めて全国茶品評会が開催され、そのぎ茶が日本一となった年。そこで茶商にも「日本茶AWARDに出品してほしい」とのお達しがあり、「岡田商会のお茶がどこまで通用するのか」と四代目の浩幸さんが中心となってチャレンジへと至ったそう。
浩幸さん(以下浩幸)「せっかくだから、うちで扱ってきたお茶の中でも『これだ!』というものを活用して、火入れの加減とか様々なことを試しながらそのお茶の良さが一番出る形をどんどん探っていって。それが高い評価につながり、日本一の称号をいただきました」
この年以降も出品を続けていますが、同じように評価をいただけるお茶に仕上げるのは難しいと浩幸さんは語ります。
浩幸「審査内容や要領、出品するお茶も毎年少しずつ変わってきていて。というのも、消費者に受け入れられるお茶が少しずつ変わってきているからじゃないかな、と。その変化に柔軟に対応しながら、より美味しいお茶を作り続ける努力をしなきゃいけないと考えています」
九州、日本、そして世界へ
長崎県内外のあちこちへとお茶を届けている岡田商会ですが、九州のお茶屋さんが一堂に会する見本市へも参加しています。この見本市は九州各県で毎年1~3回、およそ40年にわたって行われているそう。お茶を仕上げる過程で出る茎茶や粉茶、多く買い取り過ぎた茶葉などをお茶屋同士で取引しながら、情報交換も行うイベントです。
そして今後、力を入れていきたいと浩幸さんが語るのは、HPやSNS、通信販売などインターネット上での情報発信です。
浩幸「これまで店舗や配達でお客様と対面しながら直接お話して…というのが主流でしたから、良いところを引き継いで行きたいとは考えていますが、どうしても場所的な制限があります。でもインターネットを使えば日本全国ないし世界にまで展開が拡がっていく可能性がありますし、HPからの売上も伸びてきています。厚い壁はありますが、一つずつ乗り越えながらそのぎ茶を多くの人に飲んでいただけるように、いろんなところにPRできたら良いですね」
次々と変わっていく時代をとらえ、最先端をいく岡田商会。丹精込めて作られた滋味あふれるそのぎ茶を、あなたもぜひ味わってみてください。