設計士から転身。東彼杵町で味のある古民家カフェを営む
東彼杵町にある、昔懐かしい遊び場『手作り雑貨・古民家カフェ 椛(Momiji)』。3年前にこのまちに移住し、家屋をリノベーションしてお店をオープンさせたのは、優しく温情的な雰囲気を感じる店主・畑上茂彦さんです。
椛には、レトロな和雑貨や骨董品などが多数販売されているほか、「囲炉裏体験」や「ところてん突き」など、古民家を生かした他にはない看板メニューがあります。大人は懐かしく思い、子どもは新しい文化に出会える。そんな世代を超えた、それぞれの視点で楽しめる時間を提供しています。
畑上さんは、どのような経緯でこの場所にお店を開くに至ったのでしょうか。東彼杵町に移住するまでのストーリーや、畑上さん自身の記憶に宿る原体験などを伺いました。
長い設計士人生を経て。
椛がオープンしたのは、2019年4月のこと。もうじき3年が経とうとしています。カフェを始める前の話にさかのぼり、これまで畑上さんが歩んできた人生について教えていただきました。
畑上「ここでカフェをやる前は、ずっと大型空調機の設計の仕事をしていました。全然畑違いですよね(笑)。移住する直前の3月まで働いていましたよ」
聞くところによると、畑上さんは上五島出身。中学を卒業してからは、田舎から出たい気持ちもあり、長崎の工業高校に進学しました。そのまま長崎で就職し、理系分野の仕事を続けてきました。
「学校を卒業して最初に入った会社は、結構大きなところだったので、なんだかイメージと違ったんですよね。私はてっきり親方のような存在が1人いて、周りを仲間が取り囲んで一つの図面を見ながらワイワイ意見交換する、みたいな様子を想像していました。だから、失敗したなぁと思ったんです(笑)。もう少し小さな会社を選べばよかったですね」
しかし、それでも畑上さんは最初に入社した会社で45年間働き続けました。最初は社風や働き方にギャップを感じつつも、数年経てば仕事にやりがいを感じ始めます。そのまま定年退職するまで、楽しい設計の仕事に従事してきました。
自身の遊び場を求めて。のちにお店となる古民家との出会い
そんな理系の世界で長らく生きてきた畑上さん。どのようにして現在の古民家カフェのオーナーへと繋がっていくのでしょうか?
「この家は、15年ほど前に買っていたんです。この仕事を辞めた後、どこかで遊ぶ場所が欲しいなぁと思っていたので。当時、陶芸を習っていたので、陶芸ができるような物件を探していました」
初めは琴海で物件を探していたそうですが、なかなか気に入るところが見つからず。そして、たまたまネットで見つけた東彼杵のお家がありました。それまで東彼杵に全く縁がなかったので、最初は気に留めていませんでしたが、時間が少し経ってからやはり一度物件を見学してみることにしたそうです。
「すると、すごく良いなと気に入って。当初は、山でも買って自分で開拓しようかなと思っていましたが、ここなら広さも充分にあって、もうこの家を活用した方が手っ取り早くできそうだなと(笑)」
しかし、当時の様子は今とは全然違うものでした。草は屋根の高さまで鬱蒼と生い茂り、周りにも大きな木が生えていたそうです。初めて見学に訪れた際には、不動産屋さんが鎌で草を刈りながら、玄関まで連れて来てくれたのだとか……。
それからというもの、畑上さんは東彼杵のこの家を購入し、仕事をしながら週末に手入れをしに来る生活を繰り返しました。伸びきった雑草の草刈りをしたり、畑を開いて菜園を始めたりなど、少しずつ古民家に新しい風を入れていったのです。そうして何年もかけて、今のこの状態にまで近づけていきました。
「それから会社を定年退職して、また別の会社に再就職したんです。でも、そこでの仕事はあんまり身が入らなくて。再就職して2年目くらいの頃に、知り合いから言われたんです。『その家でお店でも始めたら楽しいんじゃない?』って。そう言われて、確かに楽しそうだなって思いました」
その言葉がきっかけで、再就職した会社も途中で退職。開業準備に切り替え、1年かけて進めていきました。元々やりたいと考えていた陶芸は、どこか別のところへ習いに行けばいいか、と納得。それよりも、畑上さん自身が欲しくて作っていた囲炉裏や厨房のピザ窯を活用して、自分がこの家で週末に過ごしているような時間を提供できるような場所へと変えていきました。そうして、椛がオープンしたのでした。
周囲で支えてくれる人や、家族の思い出から編み出すお店の魅力
畑上さんは、これまで設計の仕事一筋で人生を歩んできました。椛でいただけるカフェメニューは、どのように考えているのでしょうか。
「自分でも考えますが、いろんな人に相談して意見をもらうようにしています。特に、このお店の広告関係を任せている営業の女の子の勘に結構頼っていますね(笑)新メニューを考えたら、値段の感覚を聞いてみたり、試食をお願いしたり。やっぱり自分だけで考えても分からないので、若い女性のアドバイスなどは的確でとても参考になります」
と、柔軟に他の人からの意見を取り入れながらお店づくりに励んでいるようです。たい焼きを串に刺して焼くというユニークな冬限定メニュー「囲炉裏体験」も、産業支援センターとのやり取りの中でアイデアが生まれました。たくさんの関わってくれる人があって、カフェの人気に繋がっています。
また、夏の限定メニュー「ところてん突き」には、畑上さんの思い出やこだわりが重なります。
「私がまだ地元の上五島で暮らしていた幼い時、ばあちゃんがよく手作りのところてんを食べさせてくれていました。それが美味かった……!県内でところてんを探したのですが、良いのが見つからなかったので、材料は伊豆の老舗から取り寄せています。でも、うちのばあちゃんのところてんには敵わないんだよなぁ」
畑上さんは、自分の孫が喜んでくれたように、たくさんの子どもたちにここで記憶に残る体験をしてほしいと言います。
「たい焼きを串に刺して囲炉裏で焼いたとよ」。「ところてんも突いて食べたよね」。畑上さん自身が今でも鮮明に思い出せる祖母のところてんの味のように、大人になっても忘れられないひとときを。きっかけこそ自分の遊び場として選んだ場所でしたが、今では世代を超えてたくさんの人が集うみんなの家になりました。椛の魅力は、畑上さんの家族との触れ合いが原体験となっているのかもしれません。
「みせ」の記事につきましては、以下をご覧ください。