東彼杵町の名産品「そのぎ茶」を使用したカクテルが存在する!?
“ミクソロジー(mixsology)”という言葉を聞いたことがあるだろうか。混ぜるを意味するmixと、科学や学問を意味する~ologyを組み合わせた造語だ。
長崎市鍛冶屋町にある「Bar Lab.(バー ラボ)」では、まるで科学実験のような機械を使った新感覚のカクテルが味わえる。数あるメニューの中のひとつに、なんと「そのぎ茶」を使用したカクテルが存在するのだ。
長崎市のバーは、東彼杵の特産品とどのようにして出逢ったのだろう。
壁を押すと、そこは実験室という名のBARが
思案橋から寺町を結ぶ、歴史ある鍛冶市通りにある「Bar Lab.(バー ラボ)」。一見、扉がどこにあるのか分からない壁(写真はあえて載せないのでぜひ探してみてください)を押して中に入ると、静かなバーの空間にたどり着く。まるで秘密の研究室に迷い込んだかのようだ。
マスターの久米さんは、18歳のとき、福岡のバー「CERACANTH(シーラカンス)」がきっかけでお酒の世界に飛び込んだ。当時まだお酒は飲めなかったがホールなどで経験を積み、一年半でバーテンダーデビュー。
その後12年ものあいだ数々の店舗を渡り歩き、長崎へ。そしてすぐLab.のバーテンダーに…?と思いきや、3年間ほど旅行会社に勤務したという異色の経歴を持つ。
彼がお客さんに提供するのは、近年バーの世界で新風を巻き起こし続けている新感覚のミクソロジーカクテルだ。フュージョン料理(和・洋・中などの料理の要素を独自に融合させること)の流行を取り入れ、新鮮なフルーツや野菜などをスピリッツなどのお酒と組み合わせたものをいう。
白い煙のなかから現れるカクテル!
かわいい! 超かわいい!
久米さんを訪ねた東彼杵町・さいとう宿場の女将、晶子さんの嬉々とした声が店内に響く。
そう、バーでありながら、ここは実験室。Lab.だ。思わず目が釘付けになる、サイエンスなパフォーマンスをとくとご覧あれ。
まずは「ナイトロ・カクテル」。
液体窒素を冷却剤として利用することで効果的に急速冷凍が可能になり、素材以外の水分が加わらず溶けにくくなる。
こちらは、液体窒素で赤ワインを急速冷却している様子。
このような粉末状になる。こうして完成したのが、まるでスイーツのようなかわいい見た目の「アメリカンレモネード」。
見た目も豪華で、味も素材の良さが極限まで引き出されている。これが先述したミクソロジーカクテルの特徴だ。
そんなミクソロジーとそのぎ茶が出会って誕生したのが、こちらのカクテルだ。
その名も「茶華ロワイヤル」。
金柑とジンを減圧蒸留して作ったオリジナルジンとそのぎ茶抹茶をシャンパンで割ったカクテルだ。
ここまでご覧になった方は、実際に見てみたくてウズウズしていることと思う。筆者もその一人だ。しかし、お店に足を運ぶ前に、そのぎ茶がなぜこのバーでカクテルとして愛されているのか。そのストーリーに、ちょっと耳を傾けていただきたい。
「そのぎ茶、ゼンゼン負けてないよ!」に胸打たれ
さいとう宿場・斎藤晶子さん「最初にこのお店を訪れたのは、共通の知り合いの人に連れてきていただいたときですね。バーにあるはずのない機械が置いてあって、衝撃を受けました」
久米「はい、はい」
斎藤「その時に、久米さんが「お茶に興味がある。そのぎ茶を使って色々試してみたいと思ってる」とおっしゃっていて。そこで私が、彼杵の出身です〜とご挨拶したんですよね」
久米「そうそう。すごく印象的でした。」
斎藤「そもそも、数あるカクテルメニューに加え、なぜ緑茶を使ったカクテルを作ろうと?」
久米「日本らしさを、お酒を通じて海外の方々に広めたいなと考えたんです。日本酒はジャパニーズ・サケで認知されているけど、焼酎となると広めにくい部分があって。それ以外で飲み物として、お酒に転換できるものって、やっぱり緑茶が一番かなと。産地によってそれぞれ個性があるところも決め手でした。」
久米さんは穏やかに微笑み、はにかみながら続ける。
久米「とはいえ、実はお茶の知識はそんなになかったんですよ。お茶といえば玉露みたいなイメージがすごくあって。東京とか、お茶を使ったカクテルをミクソロジーで作っているお店はだいたい玉露を使っていたんですよ。でも、さいとう宿場の女将さんから『そのぎ茶、ゼンゼン負けてないよ!』と言われて。おぉ~って、衝撃を受けたんです。」
斎藤「しましたしました、ははは。そのときはちょっとお酒が入ってて、熱く語ってしまいました。」
長崎県のお茶の生産量65%を誇る、東彼杵町のそのぎ茶。茶葉の形状が丸いことから、玉緑茶またはグリ茶と呼ばれている。まろやかな味わいと旨み、豊かな香りとコクが特徴だ。
茶畑は、風光明媚な大村湾からの潮風が吹き抜ける山あいの斜面地にある。昼夜の寒暖の差が大きく、春に朝霧が立ち込める環境と豊かな水が上質な茶葉を育み、他にはない味わいを生み出しているのだ。
女将・晶子さんの熱弁は、久米さんのお茶=玉露という固定概念を揺るがした。
久米「だから初めてそのぎ茶のお話を聞いて、僕のカクテルで表現したいお茶のイメージにばっと入ってきた。ちょうどそれで、長崎で開催されるマルシェで抹茶を買って、ああ、美味しい、と思って。」
後日、東彼杵に足を運んだ久米さんは、さいとう宿場を訪ね晶子さんを驚かせた。
久米「長崎市の方でも、お茶屋さんに行けば、ある程度全国のいろんな品種が買えますけどね。お茶の産地が近くにあるのなら、直接足を運んで、生産者さんのお話を聞きながらおすすめのお茶をもらった方が良いなって思ったんです。」
久米さんは、晶子さんに紹介してもらった大山製茶園を訪ね、そこでたまたま会った森さん(くじらの髭)のオススメで抹茶、さえみどり、つゆひかりの三種類のお茶を購入した。
久米「自分で淹れて飲んでみたら、想像以上に香りも高いし、お酒で表現したいお茶の甘みがすごく含まれていました。独特の苦みも程よくあって。良いじゃん!と。」
玉露以外のお茶を使ってカクテルを作る。他の人がやっているところから外れることが怖かったと話す久米さん。そんな思いが払拭されてしまうほどに、本場で味わったそのぎ茶の味は、久米さんが思い描いていた日本らしさのイメージとぴったりだった。
お茶の個性を最大限に引き出す秘密兵器
好んでよく飲む緑茶の魅力を、カクテルでどのように表現するか。
バーの世界ではインフューズ(漬け込む)という手法がある。お酒の中に茶葉を入れて、染み出させるのだ。お茶を水出しで作ったことがある方ならピンとくるだろう。
だが、それだと物足りなかった。頭を抱えた久米さんは、「減圧蒸留機(ロータリーエボパレーター)」の存在を知る。
通常、液体を蒸留させる際には温度を上げるが、この機械では気圧を下げて蒸留する。例えば40度のお酒なら、気圧を限りなくゼロに近づけることで常温でも沸騰させることができる。気圧を下げることによって、温度を上げなくても液体の沸点が下げられるのだ。これにより、茶葉は熱の影響を受けることなくフレッシュな状態で成分を抽出されるというわけだ。
斎藤「火を入れないで冷茶を作るのと似てますよね。」
久米「氷出しってあるじゃないですか。あれはゆっくりと抽出する。それはそれで美味しい味が出るんですけど、それだとお酒に入れた時に苦みが増すんですよね。お茶の中の濃いものが抽出されるから。」
斎藤「それはアルコールの成分?」
久米「アルコールの角が苦みと結びつきやすいんです。どうしてもお茶のお酒を造りたかったので、フレッシュな味を出せるこの機械が必要でした。」
斎藤「お茶以外では試しました?」
久米「いろいろやってますよ。フルーツの金柑だったり、生姜だったり。あと、変わりダネではヒノキ。」
斎藤「ウィスキー樽みたいな?」
久米「そうです。樽からオーク材の味が出るというのと一緒ですね。日本人にとって癒しの香りといえばヒノキかなと。本来、木なので味や香りは染み出ず、なかなかお酒に添付しにくいんですが、減圧蒸留機を使えばしっかりと抽出できるんです。使い方は全部一緒です。」
斎藤「茶葉の種類によって味わいが変わるんでしょうか。」
久米「お茶自体の特性って、作っている土壌や標高によっても違いますよね。お酒に漬け込んだお茶のスピリッツは、彼杵や八女など産地の特徴は表現できます。けど、減圧蒸留機は、『やぶきた』や『つゆひかり』などの茶葉の種類まで表現できるんです。そのぎ茶だけで表現したいものの選択肢が広がるのがおもしろい。たとえば、この茶葉だったらトニック入れて表現できるとか。ショットカクテルにすれば、ちょっと度数強くても香りと甘みが強いから、お客様も飲みやすいだろうし・・とか。」
斎藤「お茶の風味を感じられるのは、どのアルコールとの組み合わせがベストですか?」
久米「ウォッカが一番いいです。蒸留回数が多いほどよりクリアになり、素材の雑味がなくなります。クリアになるということは、抽出しやすくなるんですよね。お茶との相性も良かったです。」
お客さんと一緒に「実験」を重ねた8年間
「Bar Lab.(バー ラボ)」を、オーナーに任されるようになってから8年が経った。ミクソロジーカクテルの世界に挑戦・・となった当初、使用する科学的な特殊機器や材料に対しての知識や経験がまったくなかったという久米さん。インターネットの情報もまだ十分ではなく、周りに導入しているお店もなかった当時は試行錯誤の連続だった。
久米「ネットで画像見て、どうやって作ってるんだろうって。今みたいに作る工程が動画で出てくることはなかったので、ほんと手探りで。最初は液体窒素がメインだったので、実験を繰り返し。トライアンドエラーですね。」
斎藤「本当に研究室ですね。」
久米「そうですね。なので、最初のころのお客さんはまさにモルモットみたいな感じで。正解もわかってないから。」
と、久米さんは苦笑する。
斎藤「こんなのつくってみたよ! 飲んでみる? みたいなやりとりが?」
久米「そうそう。まだぶれっぶれの頃ですね。窒素でアルコールが固まってシャリシャリになるところがゴールだと思ってました。お客さんの意見を聞きながら、半年は作りまくりましたね。」
斎藤「お客さんと一緒に作っていったんですね。素敵です。」
こうして、お客さんとともに歩みを進めてきた「Bar Lab.(バー ラボ)」は、そのぎ茶の新たな可能性も生み出した。ぜひその味に、あなたも出会ってみてほしい。
ひとについての詳細は以下の記事をご覧ください。