西の原から車で5分ほど走ると、寄り添うように窯元や家屋が立ち並び、登り窯後が顔を覗かせる中尾山地区へと入る。同地区に、作陶をはじめさまざまな取り組みを行う活動拠点『ながせ陶房』は移設された。2013年、この地区にあった大きな煙突のある製陶工場跡地を購入。いちから改修作業を行って居住空間と工房へと改装し、この地で新たなもの作り生活を営んでいる。「欲しいから、作る」という信念のもと、時代や流行に流されないものづくりを目指す長瀬渉さんだからこそ成し得た、新しい基地である。
この陶房で、数々の賞を受賞した息を呑むような重厚で美しい作品から、日用的にも使えるなんとも愛らしい作品たちまで見ることができる。2018年には、敷地内にてプライベートギャラリー「monné taupes」を企画し、立ち上げている。気軽に立ち寄ることができて、作品の購入も可能だ。飽きることなく、ずっと見ていたい気持ちになる。
長瀬さんにとって陶房だけではつまらない。欲しいものは、自分で作ってしまうというのが”ながせ流”。気軽に音楽ライブやイベントができるようにと、陶房横のスペースに舞台と観客席を設置し、ライブや映画上映などをするイベントスペースを見事に作り上げた。実際に、中山うりさんの音楽ライブが開催され、多くの人で賑わっている。
縁で繋がった人たちには、陶房内でできるおもてなしを。料理のセンスも抜群に高い長瀬さんを筆頭に、家族やアシスタントのみんなで食事を振る舞う。物々交換が根付くこの地ならではの頂きものの食材も、食卓に彩りを、会話に華を咲かせてくれる。全ては、人と人との縁と結びつきで成り立っている。この場所では、その気持ちを何よりも大切にしている。我々のイメージするような孤独の陶房とはかけ離れた、オープンな空間が出来上がっている。居心地が良過ぎて、ついつい時間が経つを忘れてしまうのもご愛嬌で。
新しくて面白いもの。そんな試みはいつも、すでに、静かに、動き始めている。
活動を止めることなく、常に前に進み続ける「ながせ陶房」。2020年は、敷地内に重機の音が響き渡った。コロナ禍による展示会や個展が相次いで中止になる中、今の自分に何ができるかを考えたとき、前から興味のあった窯造りを思い立った。「この状況でピンチになってる人も多いんだけど、それを『今がチャンス』って思えるようにしたい」。
まずは、元々製陶所だった敷地の取り壊しから。中には大量の陶器や型が。なるべく使えるものは再利用し、決して資源を無駄にはしない。多くの協力者の連携によって、荒れ果てた地はみるみるうちに整地されていった。その後、整地した場所に窯を設置するスペースを作っていく。
設置場所ができると、いよいよ本題となる窯作りに入る。掘り出した際に出てきた古いレンガを使って、「将来、文化財になるような窯にしたい」という思いで設計から建造まで長瀬さん自身が手掛けた。およそ半年という期間を経て、賛同し、支えてくれた人たちに囲まれる中、ついにその時は迎える。『倒炎転式薪窯”ウロボロス”』の完成である。
「ウロボロス」とは、尾にかみついて円環状になった竜のこと。炎の動きや再生という意味を込めて名付けられた。地元の人や町内外の仲間とともに火入れ。3日間の薪くべを終えて、中の作品を取り出すと、その多くが無事に焼き上がっていた。ついに、念願だった薪窯も自分の手で作り上げたのだ。これからの新しい、波佐見町の顔がこの中尾山で見られそうだ。
そして、ながせ陶房という名の基地からは、今もなお新しい試みを発信し続けている。「気の合う仲間を受け入れられる寮みたいな場所を作りたい」「都会で暮らす子どもが遊べる場所を作って、地元の人や子どものお母さんが先生になれるようなビジネスは面白そう」。長瀬さんの頭の中には「新たな欲しいもの」という楽しい構想が広がる。徐々に、でも着実に。行動しながら、周りの人を巻き込んで、その取り組みを大きくしていく。
長瀬「まずは、自分から率先してやってみないと。そして、『やりたいと思う』ではなくて『やる』と断言する。そうした自分の姿を見せていれば、意外とみんなが協力してくれる。不思議と物事が回り始めるんだ」
倒炎転式薪窯“ウロボロス”の「こと」についてはこちら。
小さな町に一つ一つ活気を与えている、現在の“ながせ家”主要メンバー。右から順に長瀬渉さん、娘の海ちゃん、妻の恵子さん、アシスタントのアリナさんとキンキンさん。そして、愛犬のムーア。この関係性が固く繋がっているからこそ、行動に速さと、正確性と、力強さが加わり、周りの賛同者もどんどん増えていくのかもしれない。
そんな彼らが普段手がける作品には、ものとしての「痕跡」が随所に感じられる。ひとつひとつが手作りの一点もの。その痕跡は、微妙な形の違い、色味具合が異なるからこそ感じられるもので、それぞれの作品から温もりが伝わってくる。使えば使うほどに、愛着が増しそうだ。
「一生もの」として、大事に使いたい。そんな気持ちで、「どれにしようか」とお気に入りのひとつを見つけたくて、ついつい見入ってしまうのだ。
ひと・こと・ものについての詳細は以下のそれぞれの記事をご覧ください。