2021年初夏、東彼杵町にある老舗の料亭『彼杵の郷 若松屋』では、特製のくじらカツ弁当を販売することとなりました。
お弁当を開けるとすぐさま目に飛び込んでくるのは大きなくじらカツ。サクサクに揚げられたカツはやわらかい食感に仕立てられており、噛みしめるごとにじゅわっとうまみが広がっていきます。子供からお年寄りまで年代を問わず、気軽に食べやすい一品です。
若松屋の当主である東坂良久さんと妻のるみ子さんに、くじらカツ弁当ができるまでの裏話や、お弁当に込められた思いなどをたっぷりお話いただきました。
お弁当を作ったきっかけ
東坂さんご夫婦がくじらのお弁当を作ろうと決めたきっかけは、とあるひとりの女性にありました。その女性とは若松屋へ鯨肉を卸している『彼杵鯨肉』の娘、板谷利美さんのこと。Instagramでくじら料理を数多く紹介したり伝統的な市や競りを月に一度開催するなど、くじらの魅力を伝える活動を精力的に行っている方です。
良久「利美ちゃんがInstagramでくじら料理を紹介していることは知っていて、若い人でもくじらのことを伝えていくために頑張っているんだなと感じていました。だけどふとした時に、若松屋でもくじらを扱おうと思えばできるのに、なんで何もやっていないんだろうとハッとしたんです」
くじらの魅力を広めていくには自分たちも動かなくてはならない、と気付いた東坂さんご夫婦。若松屋にできることは何かと考え、「くじら料理を使ったお弁当を作ろう!」と決意しました。ここから試行錯誤の日々が始まります。
ベストだったのはくじらカツ
良久「くじら料理というと煮付けや竜田揚げがスタンダードだけど、新しいレシピを考えなきゃ意味がないと感じて。そこでどんなアレンジができるのか、まずは思いつくままにズラーっと書き出していきました」
るみ子「何かの肉の代わりにくじら肉を使ってみる、みたいな感じでたくさんアイデアを出しました。どんな料理が合うかな?ってイメージしながら」
あれこれと模索していたタイミングで、くじら関連企業の人たちが若松屋で宴会を開くことが決まり、くじらのエキスパートである方々に新しい料理を試食してもらう機会を設けました。
用意したのは煮しめの他に赤身と野菜を使った生春巻き、くじらチヂミ、くじらコロッケ、そしてくじらカツなど数種類の品々。どの料理もお客さんからの反応は上々だったそう。
良久「ここからもいろいろ試したりしたんだけど、試食してくれた人からは評判が良かったことと、見栄えとか保存のこととか様々なことを考えると、くじらカツの弁当がベストだという結論に至りました」
手間ひまをかけた美味しさ
独特のうまみが味わい深いくじら肉ですが、筋張って食べにくく口の中に残ってしまう場合も多々あります。しかし、くじらカツはとてもやわらかくスッと歯が通るほどの食感。この絶妙な食感を作り上げるため、若松屋では手間暇をかけて調理を施しています。
良久「どうしても筋があるから、いかに筋を感じさせず柔らかくできるかを今も研究を続けているところ。ただ筋を取るだけだとロスになる部分も増えるので、工夫してなるべく少なくしたいですね。くじらをもっと気軽にサクッと食べるには……と日々試行錯誤しています」
くじらは部位やモノによって個性があり、調理にかかる手間がその都度変わっていきます。同じ赤身だとしても、Aの身は柔らかいのにBは筋があって硬いというケースはしょっちゅう。肉の状態を見定めながら、モノに合わせた適切な調理をしなければなりません。
また、形が不ぞろいのため一つひとつをそれぞれお弁当のサイズにおさまるようカットする作業もあるとか(ちなみに、カットされた切れ端の部分は佃煮へと加工されており、そちらも大変美味しいと評判です)。
良久「手間はかかりますが、色んな人に試食してもらうと『とても美味しい』『驚く程やわらかくて食べやすい』と喜んでくれる人がほとんどで嬉しかった。ですが自分としてはもっと可能性があるのではないかと感じています。これからも、さらに美味しいくじらカツを追求していけたら」
東彼杵は『くじらの町』だと伝えたい
東彼杵町といえばそのぎ茶をイメージするかと思いますが、実はくじらと縁が深い町。というのも今から300年以上前の江戸時代、東彼杵は五島などの海で捕らえられたくじらを港に集め、長崎街道や平戸街道を通じて各地へ広めた歴史があるのです。
くじらカツ弁当のパッケージは江戸時代の雰囲気をほうふつとさせる浮世絵風の絵に、東彼杵とくじらにまつわる歴史を詳しく解説した文章をあしらったデザインとなっています。デザインと撮影を担当したのは、町内の小玉デザイン制作室&千綿写真室の小玉大介氏。小玉氏が理事としても在籍する、わたしたち、くじらの髭では、全体の調整や構成・プロモーションのお手伝いをさせていただきました。
良久「道の駅の看板にくじらが描かれたりしているのもあって、『なんでくじらが描かれてるの?』とか『東彼杵とくじらってどんな関係?』って聞かれることが結構あるんです。東彼杵はお茶だけでなく、くじらで栄えてきた町であることや長い歴史があることを知ってほしいという思いがあって。先人たちが築いてきた歴史を黙ってスルーするわけにはいきません」
また、良久さんとるみ子さんどちらも家族がくじらに携わっていました。良久さんのひいおじいさんはくじらの仲買人として活躍、お父さんは昔、くじら肉を扱う会社に勤めていたとのこと。そしてるみ子さんのお父さんは大洋漁業株式会社(現マルハニチロ)の船員としてくじらに携わっていたそうです。
良久「数十年前はくじらに関わる人が町に大勢いましたね。加工販売とか、競りの仲買人とか」
るみ子「私の父のように、千綿や大村市の松原あたりには捕鯨船に乗っていた人が当時はたくさんいたんじゃないかと思います」
先祖代々導かれてきたくじらとの縁。今回のお弁当のように、お二人がくじら料理を開発することになったのはきっと必然なのだろう、と感じざるを得ません。
東彼杵で生活していた人々が紡いできた長い歴史と東坂さんご夫婦のやさしい思いが詰まった若松屋のくじらカツ弁当は、私たちの食卓を贅沢に彩ってくれます。
自分のご褒美に、家族との団らんに、友人との楽しい語らいに。大切な食卓のお供にいかが?
若松屋のみせ・ひと・ことについての詳細は以下の記事をご覧ください。