「そこに愛はあるのか」自分の一挙手一投足に、あたたかい愛をもって。『Tsubame Coffee店主 北川真由美さん』

取材・文

編集

写真

Sorriso riso の中にあるコーヒースタンド、Tsubame Coffee
店名は、ツバメの習性が由来となっています。

ツバメは、春になると南国から日本へやってきて、出産と子育てをします。肌寒くなる秋の季節に、集団となって暖かい南国の方へと巣立ちます。そうして次の春にはまた、自分が生まれ育った日本へ戻ってくるのです。

一度地元を離れた人が、また戻ってこられるような場所にしたい。いつ帰ってきても、「おかえり」と笑顔で迎え入れるような、あたたかい場所でありたい。

そんな想いから生まれたTsubame Coffeeは、オープンから9年目。

オーナーは、大村市出身、元美容師の北川真由美さんです。

美容師の人生を変えた一通のメッセージ

北川さんが美容師を志したのは、当時通っていた美容室で働く美容師さんに憧れたのがきっかけ。

長崎県美容専門学校で2年間美容師の勉強をして、国家資格を取得。友達の紹介で、地元・大村の美容室で働くことに。当時、オープンして3年目の新しいお店だった。

「仕事も全般楽しかったですし、スタッフも仲良かったし。お客さんに喜んでもらえたらやっぱり嬉しい。美容師って一人のお客さんと向き合う時間も長いから、いろんなお話をさせてもらうなかで勉強になることも多かったですしね。いい仕事だと思いますよ」

そんなふうに生き生きと働く北川さんの人生を大きく変えたのは、森一峻(かずたか)さんとの出会いがきっかけだった。

一般社団法人東彼杵ひとこともの公社の代表を務める森さん。(上記画像の左側で、トランペットをにっこりと掲げている。)現在のTsubame CoffeeがあるSorriso risoをはじめ、まちのさまざまなプロジェクトを立ち上げてきた、地域のキーマンのひとりだ。

森さんと初めて会った場所はどこだったんですか?

「あっ、そういうのはほんとに覚えてないです。(笑)ほんとに覚えてなくて……」

あっ、そうなんですね(笑)

「でも美容師の頃とか、髪切りに来たりしてくれてましたよ。昔は髪長かったんで」

そんな2人が出会って数年が経ったある日のこと。突然、森さんから長文のLINEが届いた。

北川さんは、「面白そうなので、今度話聞かせてください」と返信。後日話を聞きにいくことに。

“人と人が繋がれる拠点をつくりたい“ 

打ち合わせ当日。北川さんと同じく長文LINEを受け取った3人のメンバーを前に、森さんは頭の中に広がる構想を語った。

それまで、長崎市内や佐世保市といった都市間を移動する際の「通りすがりの町」と呼ばれていた東彼杵町。森さんは、生まれ育ったこの町にはまだまだ可能性があると感じていた。

そこで考えたのは、人と人を繋ぐ拠点をつくること。人を“集める“のではなく、自然と”集いたくなる“場所づくりを目指した。

そんな森さんの強い意志と、おもしろそうなアイデアに、北川さんは大きく突き動かされた。人が集う場所には、お茶する場所も必要だということで、北川さんはカフェを開くことに。10年間勤務した美容室を辞め、まったく異分野での挑戦をはじめる。31歳の時だった。

「不安とかは全くなかったですね。なんででしょうね。自分でも不思議なくらい不安と思ったことはない。まあどうにかなるやろって思ってるところがあるので。どうにかしますしね。人間、絶対」

カフェの知識が全くなかった北川さんが弟子入りしたのは、森さんの知り合いが経営する『Tanaka Coffee』。当時佐世保市の黒髪町にあったコーヒースタンドだ。開店から閉店まで行列の途絶えない人気店を、オーナーの田中さんが一人で切り盛りしていた。

スタッフは雇わないといわれたが、「給料はいらないので、勉強だけさせてください」とお願いした。当時思い描いていた、“人が集うカフェ“のビジョンをもとに説得すると、田中さんは温かく迎え入れてくれた。

エスプレッソマシンの使い方から、お店の運営に至るまで。コーヒーに熱いこだわりを持つ田中さんの技術を一から教わった。

未知の世界で新しいことを学ぶのは楽しかったと、北川さんは当時を振り返る。

「忙しいのをさばくのも楽しかったです。なんでも楽しかったですけどね。ずっと。教えてもらうのも、働くのも」

修業は2年間続いた。自分のお店を持つようになった今も、コーヒー豆はTanaka Coffeeから仕入れたものを使っているそうだ。

2015年12月16日

カフェの勉強と同時進行で、人が集う拠点づくりに向けて活動を行っていた北川さん。もともと取り壊される予定だった米倉庫を活用しようと、農協の方と交渉したり、地域に向けた説明会を開いたり。

「ワクワクしてましたね」

荷物だらけの米倉庫を、自分たちの手で片づけるところから始まったプロジェクト。2015年夏に工事を開始し、秋ごろSorriso risoとなる建物が完成した。

お店の営業のために道具を準備したのち、Tsubame Coffeeはオープン。当時Sorriso riso内に店舗のあったGonuts(アンティーク雑貨や古着の販売店)、SOLE(現tateto、革製品を製造・販売するお店)とともに、町の交流拠点として幕を開けたのだ。

お店の宣伝のために、近所の方にフライヤーを配って回ったおかげで、開店日はたくさんのお客さんでにぎわった。2年間かけて準備してきた構想がようやく形になった感慨を噛み締めながら、北川さんは一杯一杯コーヒーを淹れた。

そこに愛はあるのか

オープン以来、たくさんの人とのつながりを大切にしてきたTsubame Coffee。ほかのお店とコラボレーションしたり、地域の人たちがオープンマイクで楽しめる「夜ツバメ」というイベントを開いたり。

何をするにも、関わる人たちの姿が北川さんの視界の多くを占めているような気がする。

「”一緒に働く”ってことは、“一緒に生きていく”ということになるんですよね」

一緒に生きていく。

「何をやるかよりも誰とやるかのほうが、私は結構大事に思って生きているので」

森さんと出会ったとき、北川さんは「この人と一緒に何かやりたい」、そう感じた。

森さんの人との接し方を見ていて、根っこの方にあたたかい愛を感じるそうだ。だからこそ、安心して一緒にいたいと思う人だ、と。

美容師の仕事を辞めた日も、畑違いのカフェの仕事をしようと決めた日も、不安な気持ちにならなかったのは、そこに森さんの愛を感じていたからだ。

「森くんと一緒に何かしている中で不安に思ったことは一度もないです」

“そこに愛はあるのか”
これは、北川さんが常に大事にしている言葉だ。

波佐見町にあるmonne legui mooks(モンネ・ルギ・ムック)というカフェによく通っていた北川さん。そこで、創業者の岡田さんという方と知り合った。Sorriso risoの立ち上げにも、Tsubame Coffeeがオープンしてからも、北川さんが大変お世話になった方だそうだ。

「私が結構、人生でも上位に入るくらいきつかった時に一番支えてくれた人です」

尊敬する岡田さんがいつも口にしていた言葉、「そこに愛はあるのか」。北川さんはこの言葉を、カフェのカウンターの中の目に付く位置に貼り、いつも意識している。

「ここに来たら、少しでも、来た時よりもできれば少しでも、いい気分に変わって帰ってもらいたい」

Tanaka Coffeeの田中さんや森さん、mooksの岡田さんから学んだことを忘れずに、北川さんは日々お客さんと接している。その愛の形は、べったりしたものではなくて、さらりと風が吹き抜けるようなもの。

自分の長所は「タフなところ」と話す北川さん。なんと、オープンして以来、体調不良でカフェを休みにしたことがないそうだ…!

それもまた、「いつ来てもいいし、いつ帰ってもいい」という、北川さんの思いやりの表れなのかもしれない。

「なんか机とかもどんどん使っているうちに、経年劣化とかでいい味出てくるじゃないですか。人間関係とかも結構そんな感じだと思うんですよね。お客様も、何度も通ってきてくれる中で、関係性が育っていくっていうか。だからね、いい感じにいい味出していきたいなと」

人とのかかわりは、時に人生を大きく左右することがあります。いいチャンスが巡ってきたり、協力してなにかに取り組むことで、喜びを一緒に分かち合えたり。

これまで関わってきた人達のおかげで今の自分があることを忘れずに、今日も北川さんは、愛の心をもってカウンターの向こうに立っています。