川棚町で愛される『菓舗いさみ屋』が手がける名菓。そして、”これから”のお菓子作りについて知ってほしいこと

川棚町発の新名菓かりんとう饅頭。
夫婦の絆が生んだ『川棚かりん』誕生秘話

川棚町で創業し、地域住民に愛され続けている和洋菓子処『菓舗 いさみ屋』。2代目で和・洋菓子を手掛ける職人尾﨑勇一さんは、先代から教わった和菓子の技術をさらに磨きながら、新しい商品を生み出すことにも余念がない。

「焼き菓子やケーキに関しては私が作ったものですが、川棚まんじゅうをはじめとする古くから作り続けているお菓子は、先代が作ってきたものをそのまま引き継いでいます。特に、川棚まんじゅうに関してはある程度完成しているものなので、当時先代が作ったものとほぼ変わらないんですが、自家製餡にするようになってから小豆にこだわったり白餡のインゲン豆にこだわったりと、素材を見つめ直すことにも注力しています。より美味しくするというのが念頭にあるため、素材の追求になってくるんですね。小豆もたくさん種類があるから、その中でも素材を見極めてより良い豆を仕入れてそこでまた製餡する、そうするともう少し美味しさが引き上げられるのではないかと」

これまで生み出してきたお菓子の中で、一番思い入れのある商品を聞いてみた。

「一番となると、かりんとう饅頭ですかね。ちょうど発売して10年になります。川棚まんじゅうは先代が作ったものですが、この『川棚かりん』は私たちが作ったものです。ちょうどリーマンショックになったあと、その影響でうちも業績が落ちて、そこで何か新しいものを作ろうとなった時に、妻が南関東のお菓子屋まで視察に行ってくれて。かりんとう饅頭自体は南関東の郷土菓子だそうですが、そこで買ってきてこういうの作ってみないかと提案されたのがことの発端です。各地でかりんとう饅頭は出ていますが、黒糖にこだわりを持ったりするなど差別化をしています。開発に1年かかりましたが、2年目からすぐに結果が出ました。なかなかないことです。かりんとう饅頭は、当初40個からのスタート。天ぷら油で揚げたのをよく覚えています。それが今では1日1000個ですから。一番売った時は1日3000個です」

あんこに黒糖を練り込んだ生地で包み込み、油で揚げたものが俗にいう「かりんとう饅頭」だ。表面をカリッと揚げることで、色合いも風味もかりんとうに似ていることが、その大きな特徴だろう。関東発祥で、そこから全国各地のお菓子処で売られ、人気の高さから今日ではスーパーやコンビニでも見かける饅頭菓子として定着しつつある。いさみ屋の「川棚かりん」は、他のかりんとう饅頭との差別化を図るため、自家製餡にこだわり、沖縄産黒砂糖や北海道産最高級品の小豆を使用するなど手間を惜しまない。

油で揚げたかりんとう饅頭は、皮はパリパリで中はしっとりした、なんとも不思議な食感だ。一個食べると、もう一個とついつい手を伸ばしたくなる美味しさだ。リピーターが続出するのにも頷ける。出来た1日目は、そのままの状態で。翌日はレンジでチンすれば、出来立てと同じように味わえる。想いを込めて作った至極の逸品を堪能してほしい。

川棚の季節の名菓で忘れてはならない
いさみ屋の『いちご大福』について

さて、取材当日は年の暮れに差し掛かる冬だった。ここで、ふと考える。和菓子が日本人に愛され続ける大きな特性のひとつは「季節感」ではないだろうかと。もちろん、四季は世界各国で存在し、それぞれに季節を味わう文化はあるのだろうが、季節限定商品が取っ替え引っ替えで陳列される日本のスーパーやコンビニを見ていると、いかに私たち日本人が季節の移ろいを愛で、楽しむ国民なのかと再確認される。

草餅、桜餅、柏餅、焼鮎、水ようかんー。春夏秋冬、それぞれの季節にならなければ販売されず、過ぎると店頭から姿を消す。季節の訪れとともにある和菓子をだし、さらに新商品を加えるとなるとどれだけ大変な作業となるのだろうか。

「季節感は、確かに和菓子にとって重要視されています。特に、京都とか金沢とかは代表的ですよね。たとえ田舎お菓子処ではあるけども、いさみ屋もそういう季節感を大事にしています。だからといって、毎年、新しい商品に変えるというわけではありません。新商品を全く出さないというのは問題でしょうから、年に一品、二品出せれば良いのかなという考えです。常に新しいものを追いかける、というものではないと思います。かといって、今の定番に依存するというのも違う。きちんとした仕事をしながら、新しいものを少しずつ。それはお客さんにとってプラスになることですから」

いさみ屋の季節の名菓のひとつがいちご大福である。長崎県産の選び抜かれた大きくて瑞々しい苺を、こだわりの自家製餡ともちっとした求肥で包んである。店頭に並ぶのは11月の初めからゴールデンウィークまでだが、1日1000個も売れる主力商品となっている。苺そのものが甘く、さらに優しいあんことの味の相性、溶けるように柔らかい求肥の食感がなんとも言えないハーモニーを生んでいる。一度食べると、記憶にあるいちご大福のイメージが上書きされることは間違い無いだろう。

「旬は2月。一番糖度が上がる時期で、最もいちご大福が美味しく食べられる季節です。女性だけでなく男性も好きな人が多く、老若男女が大好きな和菓子だと思います。さて、これまでうちで出しているお菓子について話してきましたが、今はこれだけ情報化社会が進んでいるので、売れてる、流行する新しいお菓子は次から次に出てくると思います。私は、職人としてそこにアンテナを張るのは大事だけど、ブームに追随するようなコピー商品をただ作れば良いとは考えません。開発初めのとっかかりはそこにあるのかもしれないけど、そこから自分たちなりのオリジナリティを出す。そうすることで、”新しいもの”を作るというのが、いさみ屋の新商品にたいする考え方です。実は、今回作っている新商品がありまして、東彼杵ひとこともの公社さんとご縁があって始めました。創業66年目にして初の試みです。それまでもいろんな会社との話はあったんですが、なかなか今回みたいな気持ちが動くまでは至らなかったんですよね」

新たに生み出される新商品とは、いったいどういうものなのだろうか。

いよいよ、動き出す新企画
『尾﨑〇〇』プロジェクト

数々の愛される名菓を生み出し続けるいさみ屋は、現状維持をするのではなく常に美味しいもの、新しいものへの追求を忘れない。2020年からは、とある新プロジェクトを始動させている。それが、『尾﨑カヌレプロジェクト』だ。ちなみに、上にある写真は洋菓子のイメージであり、カヌレではないことを忠告しておく。実物のお披露目発表を今しばらく待ってもらいたい。本題へと戻ろう。

「モノづくり補助金を使って商工会で何か新しい取り組みをしようと考えていたところ、2020年に東彼杵町にあるソリッソリッソの森(一峻)さんと知り合いました。それがきっかけで、尾﨑カヌレプロジェクトは動き出しました。カヌレは、森さんの提案です。たまたま私がフランスで働いていた頃、多分作ったことがあるなというくらいのものだったので、この話がなければ一生作ることはないなと思っていた商品です」

カヌレは、フランスの伝統焼き菓子。歴史はとても古く、一説では16世紀にボルドー地方の女子修道院で作られていたとも言われている。外はカリカリした食感で、中はしっとりとした弾力のある生地が特徴だ。正式名称はカヌレ・ド・ボルドー(Cannele de Bordeaux)で、卵黄やバター、牛乳、薄力粉、砂糖などの基本材料に、ラム酒等で香りを加えたものを蜜蝋を塗った専用の型に詰めて焼き上げる。そもそもカヌレとは、『溝のついた』という意味で、焼き型に縦の溝が入っていることからその名がつけられたようだ。

「フランスは、ボルドーの郷土菓子です。ボルドーでワインを作る際に、卵白でオリ(澱)をとる工程があるんですが、どうしても卵白が余ってしまいます。その余った卵白を使って女子修道院で作られていたのがカヌレです。自分がフランスで修行していた頃、カヌレもお店に出ていて、名前は知っていたけど作ったことはありませんでした。こういうものなんだなというくらいに配合を書き留めていたんですが、そのおかげですね。商品コンセプトは『そのぎ茶を感じるお菓子』なので、基本の配合をベースに、上手くお茶を組み合わせ、アレンジして新商品として作り上げました」

1回目のミーティングで出されたカヌレは、既にかなりの完成度だったそうな。それも、尾﨑社長の話にあった「50を過ぎてから、言われたものを作れるようになった」という言葉通り、技術の粋が為せる芸当だろう。だが、3、4回ミーティングを重ねて、どうせ抹茶の味が嫌いな人はそもそも買わないから、それならもっと濃厚に寄ったいった方が良いという流れになった。

「お菓子の配合というのはベーシックなもので、例えば抹茶を入れるには全体のこのくらいの分量というのがある程度決まっています。それがあったので、その範囲内で作っていたんですが、試食の段階で今回は『お菓子なんだけど、よりお茶を感じるもの』というオーダーが出た。自分たちはそのバランスでお菓子を作るけど、とにかく濃厚、というかよりそのぎ茶を感じられるものをという回答が多かったので、それだったら自分の配合バランスを超えた部分でお茶を入れなくてはならない。ただ、そういうのはやったことがなかったので挑戦となりました。ですが、その挑戦あって、みなさんが納得できるような味に仕上がりました。味の方は完成です」

今回のお茶とのコラボ商品を作るため、尾﨑さん自身もお茶農園へ出向き、直接生産者の話を聞きに行くという熱量だ。

「もともとお茶には興味があったので、今回のご縁で池田茶園さんに足を運んでお話を伺って、見学させていただきました。その後、FORTHEESにもお邪魔してお茶の作り方を教えてもらったりとか。今回はコラボという形も入っているし、よりお茶を知りたいなと思うようになりました。お茶のお菓子を作るにあたって、お茶の特性を知っておきたかったんです。よりお茶の味を引き出すには、生産者の話を聞くのが一番ですから。なので、扱い方も前よりはわかるようになりました。やっぱりハイレベルなお茶なので、製造工程に感動も覚えました。こんな年になりますが、すごく新鮮で作っていて楽しかった」

プロジェクトは2020年の3月から始まり、この味でいこうと決めたのがその年の10月のことだった。

「これでもかとお茶の配合料を増やしていき、限界値くらいで皆さんの納得のいくものに。これは、菓子づくりの範疇を超えた仕上がりになっていますよ(笑)。ただ、お茶の質がとても高いので、例えば市販されているレベルのほうじ茶や抹茶であったのならここまで出ないでしょうね。色合いなんかもすごく綺麗です。初めての配合なので、焼き上がりを心配しましたが、綺麗に出ていました。商品としても十分です。そこまでお茶に特化したお菓子はなかなかないと思います。今回は卸しという形なので店頭に並ぶことはないんですが、抹茶好きの方にはぜひ食べてもらいたいですね」

完成は、もう目と鼻の先。ただ一つ、頭を悩ます問題に直面してる。”型”だ。カヌレは、金型に液体を流し込んで焼き上げるため、型はその名の通りとても重要な案件なのだ。

「ただ、今現在カヌレの型で困ってまして。本来のカヌレの型であればすぐにでも販売できるんですが、新商品なので型についても話し合いを重ねて拘ったものを用意しました。今いろんなところの金型に連絡をつけているんですが…3月くらいですかね。型さえ出来れば販売まで。パッケージは木箱に詰めてアソートみたいな感じで出す予定です。川棚の名物である孔雀の羽をイメージし、色はお茶そのもの。ホワイトチョコに抹茶やほうじ茶をそれぞれ入れ込んで作っています。抹茶、ほうじ茶、そして五島の塩を使った塩カヌレの3種類です。」

3種類のコラボカヌレ、ぜひとも食べてみたいものだ。新しいものは、いつだってワクワクさせてくれる。完成まで楽しみでならない。

「菓子づくりも配合があるから、新しいものを作るというのは大変さはあります。その大変さを乗り越えるのは自分のキャリア、考え方次第ではないかなと。今回のカヌレをきっかけに、マドレーヌ、フィナンシェなども作っていきたいと思いました。今回で終わらせるんではなくて、その先の展望も見えたのでスタートとして考えています。私も、ワクワクしますね」

みせ・ひと・ことについての詳細は以下のそれぞれの記事をご覧ください。

みせ:川棚の町に、人に愛されるお菓子処 和洋菓子屋『菓舗 いさみ屋』

ひと:川棚で生まれパリの味を知りつくす和洋菓子職人『菓舗 いさみ屋』社長 尾﨑勇一さん

こと : 川棚生まれフランス育ち 川棚町・いさみ屋 × 東彼杵町・くじらの髭 和菓子の根底を覆す地域連携商品開発!?

記事:東 孔明
写真:小玉 大介 / 川崎 順平
編集 : 森 一峻

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